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無知の知〜纐纈(はなぶさ)あや監督『ある精肉店のはなし』

大阪府貝塚市の低層住宅が並ぶ街中を、大きな背中をゆったりと揺らしながら、黒毛の和牛が男にひかれて歩いている。その異様でありながら、どこかユーモラスな場面は次の瞬間に一変する。連れて行かれた屠場で眉間を鈍器で叩き割られ、600キロ近くある牛…

空(そら)から空(くう)へ 〜宮崎駿監督『風立ちぬ』

少年時代の主人公が夢の中で一人滑空するときの疾風や、避暑地で紙ヒコーキが戯れる気まぐれな夏風(それが代弁する恋模様までふくめて)、あるいは、試作戦闘機が墜落する際にまとう烈風まで――2時間近くの作品にはさまざまな風が吹いている。 それぞれがス…

中村佑子監督「はじまりの記憶 杉本博司」〜着想の跳躍力

水中の印画紙を帯電させて、脳みそや男性の陰茎、あるいは稲妻やミドリムシめいた原始生物めいた画像を焼き付ける。いわば無機物に有機物を出現せしめるという着想だけでもじゅうぶんスゴい。 それが絵が下手くそだっために写真を発明した人物も、杉本さんと…

絵本作家モーリス・センダックが世界中で愛される理由〜NHKBSプレミア スパイク・ジョーンズ監督作『かいじゅうたちのいるところ』

だれもがすかれたいとおもう。すきになるのはかんたんだけど、それはやっぱりドキドキするぶん、こわいことでもあるから。それに、すかれることのほうがらくだし、うれしいから。 だれもがことばにしようとする。ほんとうはことばになんかならないんだけれど…

砂田麻美監督『エンディングノート』

父親の営業口調(?!)を真似たかのような、「私、○○○でございます」調のナレーションが、作品に適度な距離感をあたえると同時に、乾いたユーモアで作品を包み込んでもいる。この映画がもっとも成功している点。 定年後の新生活を始めたばかりのサラリーマンの…

ロウ・イエ監督『スプリング・フィーバー』(渋谷シネマライズ)

「この国は変わるスピードが早すぎるね」 上海を車で移動中、上海生まれの63歳の彼はつぶやいた。 その昔、裕福な両親のもとに生まれた彼は、文化大革命で境遇が激変。フランス料理店のボーイとして働いていた頃の収入は、お客からもらうチップもふくめて…

マルタン・プロヴォスト監督「セラフィーヌの庭」(岩波ホール)

なんとも不条理だな――昔、ユトリロの展覧会を観終えてそう想った。 貧しさの中で絵を描きつづける中で、彼はあの「白の時代」ともいうべきシュールな風景画を編み出した。ところが、それがあるとき高く評価されて経済的に豊かになり、多彩な色を使いはじめる…

萩上直子監督『トイレット』

萩上監督の静かでたんたんとした画面が好きだ。 登場人物たちも言葉少なで、気のせいか、それぞれが黙って座っていたり、あるいは歩いていたりする場面が目立つ。 その代わり、母親の形見のミシンがひさしぶりに立てる音や、餃子を炒める音、長い沈黙の後で…

「祝(ほうり)の島」完成披露試写会(4月26日19時開演・なかのZERO小ホール 6月から東京・ポレポレ東中野でロードショー公開予定)

山口県上関町祝島。瀬戸内にうかぶこの島の対岸3・5キロに、原子力発電所の建設計画が持ち上がった。1982年のことだ。 「海は私たちのいのち」と話す島民たちは、「海と山さえあれば生きていける。だからわしらの代で海は売れん」と、それ以降28年間…

『おとうと』(2)〜厄介さと寂しさの挟間

死に際の鶴瓶(弟)に吉永小百合(姉)が添い寝する場面がある。 鶴瓶が姉に再婚しなかった理由をしつこくたずねる。俺がいろいろと問題を起こしてきたせいか、と。吉永がそれをきっぱりと否定すると、彼はぽつんとこうつぶやく。 「なんや、姉ちゃんも寂し…

山田洋次監督『おとうと』〜意外性とテーマと引きずり込む握力

映画が映画になる瞬間があるんだと、『おとうと』を観ながら思った。 元旅芸人一座の役者で、現在はタコ焼き屋で働く弟(笑福亭鶴瓶)。お酒を飲むと我を忘れて暴れ出して、姉(吉永小百合)の一人娘(蒼井優)の結婚式をむちゃくちゃにしてしまう。おまけに…

想田和弘監督ドキュメンタリー『精神』〜健常者と精神病患者の境界

「あれは、大国主命(おおくにぬしのみこと)のことでしょ?」 A君から背中ごしにそういわれた瞬間、うわっ、すげぇ〜洞察力!と驚いたことがある。その映画を観て、大国主命と結びつけるなんていう発想がぼくにはなかったからだ。それはじつに鋭敏な読解力…

ミゲル・ファリアJr監督『ヴィニシウス〜愛とボサノヴァの日々』

もっともグッときたのは、アフロ・サンバの誕生ともいわれる曲「なぜ泣くの」制作秘話だ。ウィスキー好きで、時おり、中毒患者施設に入ることもあったヴィニシウス・ヂ・モライスが、隣室の患者が亡くなったと知って作詞を始め、作曲者のバーデン・パウエル…

康宇政監督ドキュメンタリー映画『小三冶』(ポレポレ東中野で5月2日までモーニングショー公開)

「淡々とした映像から、落語家・小三冶の業が伝わるから不思議だ」 NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」で柳家小三冶を観た後だったので、その新聞評に惹かれた。表現する人間にとって、それ以上の褒(ほ)め言葉はない。 幕間から高座へあがる落語家…

映画「バオバブの記憶」、産経新聞文化欄で紹介

3月10日付け産経新聞文化欄に、本橋監督の映画「バオバブの記憶」が紹介されました。「巨木が語る人間の姿」という見出しで、ページの4分の1ほどでの分量が割かれている。 「いつの間にか科学が進み、物質文化となった。 人間だけが地球の時間を超えて…

映画公開記念トークショー

本橋成一監督の映画『バオバブの記憶』の公開が、都内2ヶ所で今週末から始まります。○ポレポレ東中野 3月14日(土)〜 12:30/14:40/16:50/19:00 http://www.mmjp.or.jp/pole2/○シアター・イメージフォーラム(渋谷) 3月14日(土)〜 11:00/13:30/16:00/18:…

デビッド・フィンチャー監督『ベンジャミン・バトン』

『オペラ座の怪人』以来、ひさびさにグッときた。 映画館を出たとき、大好きな人の手がにぎりた くなる作品です。 『ベンジャミン・バトン』公式サイト(クリックすると音声が流れます)

本橋成一監督『バオバブの記憶』(文末にyoutube映像があります)

「バオバブには魂が宿っているから、薪に使っちゃいけないんだ。燃やすと、魂が怒って火事になるんだ」 映画『バオバブの追憶』の冒頭、アフリカ・セネガルの少年の言葉が印象に残ります。バオバブとは、サン・デグジュペリの『星の王子様』に出てくる、あの…

本橋成一監督『バオバブの記憶』(ポレポレ東中野、渋谷シアター・イメージフォーラム) 

忘れられない場面があります。 彼は「ほら」と言って、最後のガムの半分を、ぼくに分けてくれました。東中野の、今はなき喫茶店のカウンタ―席。彼が、アフリカで見たバオバブの樹について熱っぽく話すのを、ぼくは隣でうなづきながら聴いていたのです。樹齢…

高橋玄監督『ポチの告白』〜リアルな細部が築きあげた社会派エンターティメント 

ちょっと告知が遅くなりましたが、映画『ポチの告白』が新宿K's cinemaで、先月24日から上映中です。友人のジャーナリスト、寺澤有くんが原案協力していて、ぼくは試写会で観せてもらいました。 警察組織で、一人の生真面目な警官がたどっていく末路が、リ…

北野武監督『アキレスと亀』〜何気ない一言で最後に救う手法 

目もくらむような風呂敷の包み方だった。 死に向かって生きる覚悟。そんな剥き出しの孤独と虚無感を見すえる北野映画の志は、この作品でもなんら変わっていない。一方で、世界的映画監督に登りつめた今も、それが紙一重の結果にすぎないことを、誰よりも北野…

高橋玄監督『ポチの告白』(来年1月24日公開予定)

「一人じゃ、何もできねぇんだよぉ〜!」 うら寂しい独房で、元警察官の独白がこだまする。 表題の「ポチ」とは警察官のことだが、主人公の最後の雄叫びは、わたしたちの社会のあらゆる組織に生息する「ポチ」たちの心に響くだろう。 数々の日本の警察犯罪事…

黒沢清『トウキョウソナタ』 

絵コンテのような画面が雑然とつづく。そんな印象のまま、映画が終わってしまった。恵比寿で、映画『トウキョウソナタ』。 黒沢映画を観るのは、はじめてなのだが、どれもこういうテンポなのだろうか。編集も意図的なのかもしれない。東京のある家族を掘り下…

犬童一心監督『グーグーだって猫である』〜それぞれ孤独だからつながれる

かっこ良く老けてやるぜって思ってる。 立ち読みした雑誌に載っていた小泉今日子の、そんな言葉にドキッとさせられた。その前文で、自分が結婚には向いていないことがよくわかった、そう明言した上で出た言葉だったから。 この映画の中でも、キョンキョンが…

シンプルの強度(1)〜アルベール・ラモリス『赤い風船/白い馬』

「北京五輪」企画の原稿が全部終わったので、気分転換に外出。まず、シネスイッチ銀座で、アルベール・ラモリス『赤い風船/白い馬』の2作品を立ち見鑑賞。映画の日だったせい。仏のオルセー美術館が開館20周年記念事業として立ち上げた第一回目の監督に、…

宮崎駿『崖の上のポニョ』〜現実から飛翔する力

宮崎アニメの飛翔感が好きだ。加速した飛行機が滑走路からフッと浮きあがる、あの瞬間の感覚。観る側を物語の世界へ引きずり込む力のこと。優れた小説や音楽、演劇や美術品はどれも兼ね備えている。 過去の作品では、それは文字通り、主人公たちが大きな鳥な…

ロビン・スウィコード監督『ジェイン・オースティンの読書会』〜否定する賢さより、引き受け分かち合う愚直さを

誰かや何かを否定する賢さが、充満している。 手足も動かさず、テレビやパソコンの前で、あるいは新聞に目を落としながら、誰かを何かを否定して、舌打ちして、スイッチを切り、あるいは新聞を畳んで終わり。だって、自分ではなかなか見えないからさ。そうし…

大島弓子作品の映画化!〜しかも小泉今日子も長年のファン

大島弓子さんファンってけっこう多いんだなぁ。 主演の小泉今日子も、犬童一心監督も長年のファンだということを知った。大島さんの近作『グーグーだって猫である』の完成披露試写会のニュース!。この近作の存在自体も、つい先週知ったばかりで、このニュー…

大友克洋『蟲師』〜海外市場を見据えた、熟練の創り手による横綱相撲 

オダギリジョーという俳優は、やっぱりスゲェな。『血と骨』のはすっぱなドラ息子役、『ゆれる』の女癖の悪い人気写真家役、そしてこの映画の蟲師役。どの役にもじつに違和感なく、すんなり溶け込んでいる。そのカメレオンぶりは、誰にでもできる芸当ではな…

門井肇監督『棚の隅』(下北沢アートン)〜テ―マの普遍性と物語の小ささというバランス感覚 

映画の日、夫婦で2本の映画をはしごした。最初の1本は小さな劇場で、もう1本は銀座の大きな劇場。だが、それは品質の「格差」とはイコールとはならない。小品ながら、ぼくが心を揺すられたのは前者の、大杉漣主演映画『棚の隅』だった(同劇場での上映は…