本橋成一写真集『屠場』(平凡社刊)

前略

 こんにちは。今回は写真集『屠場』をお送りいただき、ありがとうございました。ご出版、おめでとうございます。
 表紙写真に凝縮されているエネルギーには言葉を奪われました。モノクロームの微細なグラデーションがたたえる静けさに、本橋さんのダンディズムが余すところなく漲っているように感じられたためです。下手な言葉など弾き飛ばされてしまうような緊迫感を前に、恥ずかしながら、手紙を差し上げることをためらってしまいました。


 市井の人が暮らしの中でふいに放つ輝きを撮る。
 本橋さんの一貫した創作活動の中で、今、なぜ屠場なのか。門外漢なりに考えてみました。たとえば、一人の職人を、高倉健ばりにとらえた一枚が目を惹きます。


 世の中から隠された現場で、江戸時代から営々と働く職人たちの矜持、あるいは、その人間臭い表情や営為にこそ輝きを見つけること。それは経済縮小へと向かうこの国に、ひとつの希望のかたちを差し出すことなのではないか。人が働き生きることがおのずと放つ尊厳は、世の中のどんな変化にも貶められることはなく、それを取り巻く闇が深くともその光を絶やすことはない。 
 セバスチャン・サルガドの写真を想起させる、このモノクロームの世界からわたしが受け取ったのは、そんな物語です。


 また、我が小僧の近況に引きつけて言えば、「ルポ物は売れないから」という言葉で一笑に付されてしまうことに、卑屈になっていても何も始まらない。そんな当たり前のことを、あらためて一喝された気もします。小僧は小僧なりにじたばた頑張ります。
 今回は御礼の手紙を差し上げるのが遅くなりましたこと、お詫びします。最後になりましたが、乱筆乱文のほど、お許しください。  草々


本橋成一
                      荒川 龍 拝

屠場

屠場