姜尚中(カン・サンジュン)著『在日』〜「日本国民の在日化」という目線

rosa412004-03-28

「ジャケ写買い」という言葉が、ジャズファンにはあるという。アルバムやCDのジャケットがカッコイイものは、買ってもハズレがないという意味だ。
 それにならえば、この本はジャケ写買いにふさわしい一冊。韓国人っぽい頬骨の張った姜さんの顔は、在日二世として不条理な社会や世界と、生まれてから約54年もの間向き合いつづけてきた男の強靭さと鋭利さがギュッと詰まっている。これは私の推量だが、姜さんの存在感を際立たせるために、おそらく白バックと白い腰巻が選ばれたにちがいない。
 文盲の母へのオマージュから文章は静かに始まる。在日二世の自分史が、日本と朝鮮半島、あるいは世界の変容とともに語られていく。文章は読みやすく、テンポもいい。だが、あとがきで姜さんも書いているが、これを文盲の母から生まれて、政治学と政治思想史を専攻する東京大学教授になった在日二世のサクセスストーリー、と読むのは見当ちがいだ。
 むしろ、私たちの社会に対して自己主張することなど許されず、あらゆる不条理と格闘しながら他界した実父をはじめとする在日の人たちや、彼を愛し励ました日本人たちへの鎮魂歌(レクイエム)の一冊だとわたしは思う。読了するまで二回涙腺が熱くなった。
 混迷を深める国際政治への様々な視点も示唆にとんでいて興味深い。わたしはその中から、「日本国民の在日化」という目線を取り上げたい。

「在日」は、長い間、日本人ならば形式上は平等にその恩恵に浴することができた社会的なセーフティーネットの張られていない状況の下で生きてきた。わたしの父母や「おじさん」などの一世はそうした危険の多い状況を否応なしに受け入れざるをえなかったのである。それは、つねに「明日をも知れない我が身」の境遇だった。それと似通った境遇が大方の日本人にふりかかろうとしているのである

フリーター200万人に、リストラで失職したホワイトカラーをあわせると、いったいほどの人数になるのだろう。彼らを仮に<厚生年金の対象外人口>と呼ぶとすると、生まれた時点から就職と厚生年金の対象外だった在日の人たちと、彼らは同じ境遇の人生を歩む可能性が高まっているからだ。それは所得税と年金財政から見ても巨大な不安定要因だ。
 さらに姜さんは、そうして在日化する日本人の危機感が、日本人拉致報道以降、一連の<悪の枢軸国>的な北朝鮮報道や在日パッシングに結びついている可能性を指摘している。とても興味深い視点だとわたしは思う。
 きのう書いた土曜日の講演会で、参加者の質問に対して彼が見せた誠実で、真摯な応答をあらためて思い出した。4月から青春の地ドイツで教壇に立たれるらしいが、この本を読了した今、わたしにとっても、いつかお会いしたい人になった。本によばれて良かった。
姜尚中著『在日』(ASIN:4062123223)