稲垣吾郎とブッシュがだぶる理由

rosa412004-04-14

 その生中継を見ながら、ふいにSMAP稲垣吾郎のことを思い出した。都内で路上駐車が見つかり、警告を無視して道交法違反で逮捕。数ヶ月の謹慎期間をへて、彼が初めてブラウン管に顔を見せたときのことだ。フジテレビの「スマスマ」だったと思う。
 かなり緊張ぎみの彼は、それまでのキザな芸能人オーラが消え失せ、実に地味で年齢相応な一般人みたいに見えた。
 夜の闇なら艶かしく舞う蛾が、その意思とは無関係に、無理やり日中に引きずり出されたみたいだった。芸能人というのは、大衆の視線を浴びていないと、こんなに干からびてしまうものなのか、とぼくは思った。
 さっきの生中継のブッシュ米国大統領も、まさに嫌々会見を開きましたよ、と言わんばかりの表情だった。額の皺はいつもより多く深く刻まれ、想定される記者の質問への対応練習で睡眠不足なのか、ショボショボした目のように見えた。彼はいくつかの質問に答え終えるとうつむき、あからさまに溜息までついた。テレビメディアを熟知する米国大統領らしからぬ仕草だ。
 9・11後、星条旗をバックに自信満々の表情で、「私たちの側につくのか、テロリストの側につくのか」とブラウン管から恫喝めいた物腰で迫った彼とは別人みたいだ。
 いったい、「自由な社会」という言葉を彼は何回口にしただろう。その言葉を発すれば発するほど、それはうつろに響き、その場にいる誰の心にも届くことなく、地面にばらばらと散らばっていく。そんな感じだった。それは誰かの「構造改革」という言葉にも似ていた。言葉のうつろさまで似てくる点が、さすが盟友同士だ。
 だがその模様は、米国の民主主義のかたちを体現しているようにも見えた。日本のリーダーがあそこまで記者と至近距離で、徹底的な質問攻勢にさらされることは極めて少ない。
 すべてを暴きたてずにはおかない、テレビ映像の切れ味を久しぶりに感じた。それが稲垣以来という点もふくめて、ぼく個人にとっても興味深い。そういえば、今日のブッシュはいつもの明るい赤ではなく、灰色に紺色を混ぜたような、とてもくすんだ色のネクタイだった。
追記1)
 何度か引用している武田徹さんのオンライン日記(左のアンテナからも飛べます)で以下の指摘をしていて興味深い。
http://162.teacup.com/sinopy/bbs

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福田官房長官は「時代が変わった」といったが、まさに時代は変わったのだろう。変わったというよりも戻ったと言うべきかも知れない。大儀のためには死んでもいいと思う若者と、彼らの死を犠牲としても自衛隊撤退なしのスジに殉じるべきと言う政府は案外と近い場所に位置している。
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追記2)
 これもアンテナにある田中宙さんの「国際ニュース解説」は、「米イラク統治の崩壊」というテーマで、英ガーディアン紙の論評を引用。イラクのファールジャでの攻防は、イスラエルが、パレスチナの市民を挑発してテロ攻撃を起こさせ、それを大義名分に大規模な掃討作戦を展開する手法に似ていると書いている。面白い。こういうことを書くために、田中さんは”陰謀史観”というくくられ方をしてしまうが、その指摘の是非はともかく、国際政治や現代の戦争の複雑怪奇さを感じるだけでも読むに値するとぼくは思う。
http://tanakanews.com/e0413iraq.htm