マイケル・ムーア監督作品『華氏119』〜「情報がばらまかれる意図をこそ見抜け!」と男は叫んでる

rosa412004-09-10

 かなり混んでいるという話で、友人Yが午前中に恵比寿ガーデンシネマで、4時40分からの上映の整理券1、2番をゲットしてくれた。だが出かけてみたら、230席の会場は多く見て4割ほどの入りだった。あれ・・・?混んでるのは、週末だけ?まっ、週末前の金曜の夜に、彼女と観る映画でもないしな。実際、女性や、野郎二人組の客が多かった。
 映画は、ブッシュ現大統領の兵役逃れを証明する文書の存在から始まり、ブッシュ・パパの時代から、サウジアラビアのお金持ち連中とブッシュ一族が仲良しで、ブッシュ家関連の収益の悪い会社に、彼らがぼんぼん投資して支えていた事実や、資料映像がどんどん出てくる。その親交相手の中には、あのビンラディン一族も当然ふくまれている。
 9・11で、米国全土の飛行場が閉鎖になる中、なぜか13日に米国に滞在していたビンラディン一族だけが、自家用ジェット数機で、サウジアラビアに帰国していた事実なんて、僕は知らなかった。
「つまり、オサマ・ビンラディンは捕まらないことになってるってわけかい?」
「えっ?」「まじ?」「ほんとかよ?」
 たぶん、この映画を観る人は最低5回は、そうつぶやくにちがいない。
 祖父の代から、軍人一家として米国の安全保障の屋台骨を支えてきたと自負する母親は、イラクに赴いた息子からの最初で最後の手紙に驚く。「イラク民主化と自由のためだ、なんてあの男の嘘っぱちだ。どうか、あの男が今度の選挙で再選されないことを心から願うよ」
 それは、あの世界貿易センタービルがくず折れたときに負けないほど、彼女の内側で何かが崩れ落ちた瞬間だったにちがいない。
ワシントンのホワイトハウスが見える公園で、彼女は静かに語り始める。
「みんな、知ってる気になっているけど、ホントは何も知らない。ええ、私だって・・・少し前まで何も知らなかったわ・・・」
 最後の言葉は嗚咽まじりになって聞き取れず、まげた両膝に両手をつき、今にも地面に尻餅をつきかねない姿勢のまま、彼女は白昼の公演で人目をはばかることなく、むせび泣く。
 富める者がより一層富み、貧しい者がより一層の貧しさを回避するために、戦場に向かわざるをえない米国の現実が、この映画でも語られる。嗚咽しながら彼女が吐いた悔恨は、太平洋をこえて、この映画を観るあなたにもきっと届くはずだ。米国式成果主義の導入で、富める者と貧しい者への二極化はすでに、この国の企業でも始まっている。
 映画館を出ると、曇天の夜空の下、涼しい秋の風が頬を打ったけれど、心臓にガソリンでもぶちまけられたみたいに、僕の気持ちは重かった。作品としてはブッシュ一派の疑わしい情報のザッピング・ビデオといった印象をぬぐえない。カンヌ映画祭パルムドールにふさわしい作品とは、僕には思えない。だがスクリーンの向こう側から、マイケル・ムーアの声ははっきりと聞こえてきた。
「マスメディアを通して、ばらまかれる情報の意図をこそ見抜け。ヤツラの二枚舌にだまされるな!」
 男は確かにそう叫んでいる。
 それは対岸の火事ではない。お下劣さ世界一の米国大統領の”言いなり”君が、私たちのリーダーでもあることも思い出された。たとえば、そのリーダーの唱える一連の民営化が、いったい誰のためのものなのか。僕も目を凝(こ)らさなければいけない。
「みんな、知ってる気になっているけど、ホントは何も知らない。ええ、私だって・・・少し前まで何も知らなかったわ・・・」
 息子を失った母親の慟哭(どうこく)が、店頭の灯りも消され、人もまばらなガーデンプレイスの寂しげな風景を前に、耳の奥で何度もリフレインした。メディアの末端にいる一人として、おまえはどんな仕事をしてきたのか、そして今後、どんな仕事をしていくつもりなのか。母親の言葉がそんな詰問として、僕の胸をちくちくと刺す。
●映画「華氏119」公式webサイト http://www.kashi911.com/