レッドアメリカとカウボーイ大統領の関係について

rosa412004-11-12

 91年夏の3ヶ月間、ぼくはニューヨークで暮らした。もう13年も前の話になる、ゲゲゲッそんな昔かよっ!そのとき、知人の紹介で、NY在住8年目で、日本のマスコミのアメリカ取材をコーディネイトする仕事をするOさんに、いろいろとお世話になった。
 彼女の話で印象的だったもののひとつが、彼女の初めての南部体験だ。以前、NYで知り合ったボーイフレンドに誘われて、彼の両親が暮らす南部(州名は忘れた)に出かけた。もう60歳間近な彼の両親に対して、彼女が覚えた一番の戸惑いは、彼のお父さんとの話題だった。
「とにかく、お父さんは、なにかといえば、野球とアメリカンフットボールのごひいきチームの話題を展開するわけよ。しかもあるバッターの打撃フォームやクセとか、好きな球種とか、すごくマニアックな話題をとうとうとしゃべるのよ。私は野球もアメフトも興味ないから、ただひたすら聞き役に徹したの。南部の人の政治意識とか、アメリカの経済についての考えとか訊いてみたかったんだけど、そんな機会はまるでなかった」
 NYにいる彼女の知人たちと、南部の人たちのギャップを彼女は痛感した。もちろん、彼氏の両親が南部を代表するわけではけっしてない。
 だが先の大統領選挙の開票結果を皆さんもご覧になっただろう。まるで巨大な杯みたいに広がった圧倒的な赤色、南部を中心にブッシュ共和党を支持する州の多さを、目に焼きつけたにちがいない。あのあふれかえる赤の大地を見ながら、そんな昔聞いた話をぼくは思いだした。

 そして今日配信された「日経ビジネス・エクスプレス」メールでの谷口智彦・日経論説委員のコラムを一部引用したい。彼はあの米国ブルッキングス研究所の一員でもある。

(前略) 
 改めて赤青の区分を、例えばCNNのインタラクティブサイトで見てみると興趣が尽きない。今週読者の手元へ届く日経ビジネスの記事で触れた通り、民主党を示す青は沿岸部と五大湖周辺に見えるのみ。アメリカ中がまっかっかなのだけれど、上掲サイトで各州をさらにクリックし、カウンティ(郡)別の色分けをぜひ見てもらいたい。

例えばペンシルベニア。「バトルグラウンド・ステート(戦場州)」として両党激突の現場となった揚げ句、結局ブルーになった。なりはしたものの、実は青はフィラデルフィアだけと言っていいことが分かる。あとの色はみな赤か、さもなければ紫なのである。事情は大ブルーのカリフォルニアにおいても同様で、青色は海岸沿いの大都市だけだ。

だから民主党は筆者の見るところ、別段シャレではなく、文字通り水際党なのである。それでいて共和党にあと一歩と迫る得票総数を稼げた事実は、誰の目にも「2つのアメリカ」があることを印象づけた。都市のアメリカと、都市でないアメリカと。

誤解のないように断っておくが、これは先の大統領選について書かれたものではない。コラムのタイトルは「レッドアメリカに殴りこむトヨタ」。そう、そんな南部を中心とするブッシュ共和党支持の地域に、トヨタが進出しはじめたことを取り上げた記事だ。

(前略)レッドアメリカは、胴回りが胸部や臀部と区別のつかないアメリカ人のいるところと書いてある。逆に言うとウエストがくびれた人間がいるのはブルーアメリカだ。レッドアメリカは血の滴(したた)るような肉を食うから、狂牛病ごときで輸入禁止したりする外国は、イヤミとしか思わない。コーラをがぶのみし、スターバックスなんぞには滅多に行かない。大体、近くに店がない。あっても「スターバックス、テンバックス(10ドルもかかるよあそこに行くと、という意味)」なんて言って、近寄るやつをむしろ軽蔑する。

 日曜には教会へ行き、それからロデオに行ったり「NASCAR」(米国独特の自動車レース)を見たり、カレッジフットボールを会場で見るか、家でプレッツをほおばりながらわいわい言いつつ見るかする。住んでいる所によっていろいろだろう。でも買い物はなんたってウォルマート・ストアーズアメリカのスーパーである。
そしてこれらの地点を、レッドアメリカのふとっちょアメリカ人は、どんな乗り物で移動するだろう。

ピックアップトラック! それが答。トヨタはいまここに殴り込んでいる。余裕資金がうなるほどあるから、早晩すべての分野に出ざるを得なかった。(後略)

 どうだろう、レッドアメリカの人たちのイメージがかなり具体的になっただろうか。もちろん、これは谷口さんが見た印象でしかない。だが不思議と、ぼくが冒頭の彼女から聞いた話と一致している。
 ぼくが短い夏をすごした91年は第一次湾岸戦争が早期に終結した、ブッシュ・パパが大統領だった時代だ。あの頃、僕が会い、つたない英語で必死に話した現地のフリー・ジャーナリストたちは(なぜかユダヤ人ばかりだったけれど)、皆一様に、戦争好きな共和党政権の行く末に悲観的だった。今思えば、彼らは今回の選挙でいう「ブルーアメリカ」の人たちだった。
 イラクから帰還した兵士たちを迎える、ホーム・カミング・パレードがマンハッタンで大々的におこなわれた日、高層ビルの窓から雪のように紙ふぶきが舞い、普段とは違って白人が大挙して沿道をうめつくし、「USA!USA!」の大合唱がまきおこった。
 そんな雑踏の中で、現地で知り合った友達(英語のヒアリング能力は高い)と2人で、ぼくは街頭インタヴュー取材を敢行した。その帰国後に取材記者になる「SPA!」で、2Pの記事を書くためだ。だが熱狂とは裏腹に、ぼくが取材した人の多くは、アメリカが世界の保安官たりえるなんて、もはや考えていなかった。
「これからは国連主導で、世界の平和は保たれるべきだよ」
 ベトナム戦争帰りで、身長約190㎝でレスラー並みの体つき、黒々とした長い口ひげが印象的だった男はそう話してくれた。
 しかし、あの記事はバランスを欠いていたと今思う。ブルーアメリカの声は、けっしてあの国の多数派ではないからだ。ぼくはやはり、あのとき、南部のどこかの都市でも同じインタヴューをしなければならなかった。おそらく、まるで違う答えが返ってきただろう。

 そして休暇が多すぎると批判されるブッシュが、テキサス州の自身の牧場にひんぱんに帰り、やたら木を切り倒す場面や、ゴルフを楽しむ場面を好んでテレビで放送させる理由が、わかった気がする。ああいう場面が、赤色で埋め尽くされた地域の人たちの地元意識や優越感をくすぐるからだ。あれは選挙活動なのだ。
「おれたちが暮らす南部から、大統領は世界を動かしているんだぜ」というね。