身体がズレる

rosa412004-12-03

「ほーっ、見るからに右足の方が長いね」
 治療台にあお向けになったぼくを見て、整骨院の先生はいった。
「えっ、そんなパッと見で明らかなんですか」
「最近、歩いてないでしょう」
「あっ、はい、寒くなってくると、どうも億劫になってきて・・・」
 そう弁明しながら、先生の目には今の自分がレントゲン写真みたいに見えているんだ、そう思うと、なんともいえないバツの悪さを感じた。整骨院には2週間に1回通っていたのだけれど、先週1回飛ばしたので、3週間ぶりの来院だった。
 まず足の両方の親指の動きをチェックし、次に横向きになって左膝を上げると、先生が右のお尻の骨をグッと押してくれる。先生によると、全身のバランスがぼくは少し左に傾いているので、骨盤のズレを毎回そうして矯正される。
 再びあお向けになると、先生はぼくの両足を持って上半身近くまで曲げて、その曲がり具合をチェックする。
「右の骨盤だけでなくて、股関節まで緩んでますねぇ」
 えっ、そんなにズレてるの。3週間前に来たときは、バランスいいですよといわれてたのになぁ。思わず、ぼくの気持ちがぐらぐらしはじめ、心までズレてきそうになる。
 日常生活をしている分で、他人から身体がズレてるよなんていわれることはまずない。自分で身体がズレてると実感することもない。だから身体はいつも同じ姿勢で、同じ骨格なんだと40年近くずっと思いつづけてきた。
 ところが耳鳴りをきっかけに、この整体院に通いだしてから、身体の骨格というのはけっこうズレたり、ズレなかったりする、流動的なものだということを思い知らされた。毎朝おきると、確かにダルい日や快調な日の違いはあっても、心や身体がズレているなんて、それまで考えたこともなかった。
「骨格がズレると、心もズレるんだろうか」
 治療が終わって、左腰と首をアイシングしながら、ふいにそんな疑問がうかんだ。だが先生は次の患者さんの治療にとりかかっていて、とりつく島がない。
「いや、もしかしたら、心がズレると骨格がズレるということだってあるんじゃないか」
 つづいてそんな疑問もうまれた。思いかえせば、先週あたりから、あれこれ心が浮き沈みするような出来事がいくつかあった。心が先か、身体が先か。まるでコロンブスの卵みたいな話ではあるけれど。
 だが今日は患者さんが多くて、先生はまた新しい患者さんと会話しながら治療をはじめている。思えば、人と人の心だってズレる。恋人とだって、夫婦だって、友達だって、仕事相手とだって、そうだ。それがときに取り返しのつかないズレになったり、なんとか修復したりする。だって自分の身体や心のズレがわからないんだから、そりゃ他人と心がズレるなんて当たり前だろう。だから、そんなことに必要以上に動揺することはない。すべてはズレるものだから。
「あ〜、左足の方が今日はずいぶん長いよ」
 今度は中年女性の患者さんに向かって、先生がそう話しかける。がちゃ、という音がして玄関のドアが開いた。