米倉健司さん70歳の挑戦〜生涯いじり飽きないオモチャを持つ人

rosa412004-12-19

 朝起きて、さっそくネット検索したら、ヨネクラジム(東京・目白)所属の、西沢ヨシノリ選手が世界王座挑戦で判定負け、という結果だった。38歳11ヶ月でのスーパーミドル級王座挑戦という点でも話題をまいていた一戦。前回は別の王者相手に序盤にダウンを奪いながら、最終的にはTKO負け。今回も敵地ドイツに乗り込んで、2Rに王者からダウンを奪いながらの残念な敗戦だった。
 それは同ジム会長、米倉健司さんにとっても70歳の挑戦だった。柴田国明ガッツ石松中島成雄大橋秀行川島郭志と5人の世界王者を育てた名伯楽。その米倉さんが98年に出版された『リングの虫』は、ぼくが始めてゴーストライターとして書いた一冊。同ジムの後援会員でもある作詞家の阿久悠さん、俳優の菅原文太さんも、その本に祝辞を寄稿されている。それ以来、米倉さんとは夫婦ともどもお付き合いさせていただき、結婚式にも来賓としてご挨拶いただいたり、昨年のジム開設40周年パーティーにも参席させていただいた。
白井義男さんに続いて、世界王座に挑戦した史上二人目の日本人ボクサーで、当時の後楽園球場(現在の東京ドームの前身)の満員の観客の声援をあびた、戦後日本の人気スポーツ選手の一人だ。自身の世界王座奪取はならなかったものの、ぼくが生まれた63年にジム開設以来、5人の世界王者を育てた。
 自称”明治大学ボクシング学部卒業”とおっしゃる拳闘フリークで、2年前、別の試合を観に後楽園ホールに行ったときも、若手選手の試合でセコンドとして声援を送っていらした。ちょうどぼくが単行本の取材をしていた頃は、川島君が世界王者で、まだ試合1ヶ月前なのに、ジムに行くと試合に集中する余り、心ここにあらずでまるで取材にならなかったときのことを思い出す。その凄まじい情熱に圧倒された。
 死ぬまでいじり続けても飽きることのない生涯のオモチャをもつことのカッコ良さを、ぼくに初めて教えてくれた方でもある。今回の試合だって、38歳の選手で敵地ドイツでの世界挑戦なんて、資金もかかるしリスクもデカイ。常識破りの挑戦だ。70歳でそこまで戦える米倉さんは、やはり今もなお、そのオモチャを固く握り締めている。でも帰国後の1、2週間は、またドド〜ッと落ち込まれるんだろうなぁ。
 今回の挑戦が報道されたのが3週間ほど前か。もうジムに行っても相手にされないと思い、勝負事の神様のひとつ神田明神で、勝守(かちもり)を買って手紙に入れてお送りした。やっぱ、一個500円じゃ効き目なしか。