グローバルに思考し、ローカルに暮す

rosa412005-01-02

 元旦の朝日新聞に出ていた、フランスの新田舎人、ジョゼ・ボベ氏の言葉を紹介しておきたい。一昨年、東大で、元核査察官スコット・リッター氏を迎えた、米国によるイラク侵攻に反対するシンポジウムで、ジョゼ・ボベ氏を見たことがある。せり出したお腹を、チェック地の長袖シャツとジーンズに包んだ、土の臭いを感じさせる男だった。一読しただけでは歯が立たないけれど、今年1年、折に触れてはクリックして考えてみたい。
●ジョゼ・ボベ氏の略歴
51歳。仏南西部ボルドー近郊で生まれ、ボルドー大学で哲学を専攻。基地拡張反対運動を支援するため76年、ラルザックに移り住み羊乳生産農家に。87年に中小農家組合「農民同盟」を創設した。 ラルザックの羊乳が原料の特産チーズ「ロックフォール」に米政府が制裁関税を課した決定に抗議して99年、他の農民らと共に仏南部で建設中のマクドナルド店舗を解体。反グローバル化運動を象徴する事件として注目され、以来、その指導者に祭り上げられた。ボベ氏は実刑に服したが、服役中のボベ氏をミッテラン元大統領の妻が激励し話題を集めた。

 私は地方こそ、新しい発想や運動を生み出す力を秘めているという固い信念を持っている。たとえば、フランス南部のラルザックが反戦運動や反グローバル化運動の発信地となったのはなぜか。まず私の体験を話そう。
 元来、農民は保守的といわれる。だが、ここには反基地闘争をきっかけにして、エコロジスト、反戦反核地方分権など多様な考え方の持ち主がやってきた。 ここでは二つの原則が確認された。だれもが自由に議論に参加できること。大地に暮らす人々、つまり農民が最終決定権限を持つことだ。
 農民は外から来た人々と交わり、活動家は農民になった。私も農民になったおかげで、自然の摂理に逆らった近代農業のあり方から、その先にある市場原理主義や遺伝子組み換えなどの先端技術まで、様々な問題点をごく身近な脅威と考えられるようになった。ラルザックは運動の理念を日常生活で実践する「実験室」になった。
 田舎での運動は自然のリズムと調和している。農繁期は仕事に専念し、農閑期は社会運動に専念する。時間がゆったり流れるので、都会よりもはるかに息の長い運動が可能なのだ。かたや都会は衰退が著しい。60年代まで社会運動を担った大学が、単なる就職準備の機関になりさがり、批判的精神を失ってしまった。
 フランスでは81年にミッテラン社会党政権が誕生したことで、左派の多くがこれで目標が達成されると安心し、活動をやめてしまった。90年代に社民政権が生まれた他の欧州諸国も事情は似たようなものだ。手をこまぬいている間に市場万能の風潮がはびこり、左派もその思考に染まった。
 99年、成長促進ホルモンを使った牛肉を欧州連合(EU)が輸入禁止したことへの対抗措置として、米国はロックフォールチーズなどの欧州産食品に制裁関税を課し、世界貿易機関WTO)もEUの措置を批判した。すでに欧州では牛海綿状脳症(BSE)や鶏肉のダイオキシン汚染など数々の事件が起きていた。環境や健康を二の次にする自由貿易体制の象徴として、私たちはマクドナルドを標的にした。手法が暴力的という声もあるが、事前に当局に連絡し、みんなで整然と解体した。決して誰も傷つけないよう周到に準備された行動だった。
 それまで政治家は、モノの往来が盛んになれば生活が豊かになるという幻想を振りまいていた。だが食の安全の問題は、グローバル化多国籍企業など強者の利益のためにあり、環境や健康、途上国を置き去る構造だという現実を世界の人々に気づかせたのだ。
 01年の米同時多発テロ以降は、グローバル化を進める新自由主義に、国家による監視という新たな流れも加わった。人の移動や情報が監視され、現状に異を唱える動きにはテロのレッテルが張られるようになった。
 問題のあまりの大きさに私たちはなすすべがないようにも思える。だが、心配は無用。地方はまだまだ健在だ。都市の消費者と農家が直接契約を交わす産地直送システムが世界中で普及している。フランスで盛んな映画祭や演劇祭などの地方フェスティバルは文化の画一化への歯止めの役割を果たしている。コカ・コーラに対抗して、メッカ・コーラやブルターニュ・コーラなどご当地製品が増えている。
 個々の市民にできることもたくさんある。例えばスーパーマーケットに依存しない。地域で作られる産品を購買する。電気を節約する。 簡単に世界は変わらない。自分の生活様式を変えるのも簡単なことではない。だが自分たちが暮らす範囲内の生活空間は少しずつでも確実に「何か」を変えられる。グローバルに思考し、ローカルに暮らそうじゃないか。(聞き手・沢村亙)