効率主義のトンチンカンな行き先

 見ているようで見ていなくて、考えているようで、案外考えていない。人間なんて、ほんとアテにならないもんだよなぁ。9日夜のNHKスペシャルを観終わって、しみじみ思った。
 番組では、三重県の尾鷲総合病院での栄養サポートチームの取り組みを紹介していた。これは従来の重症患者への点滴による栄養摂取方法をあらため、個々の患者ごとに食べやすい食事療法にきりかえ、栄養士の報告を基本に、主治医やリハビリ担当者などが治療方針などを随時話し合っていくというシステムだ。その取り組みを指揮した同病院の東口高志氏が書いたのが、左上の『NSTが病院を変えた』だ。
 番組をみながら、まず驚いたのは、自分で食事もとれない重症患者に点滴治療がおこなわれていたが、その摂取カロリーをちゃんと計算してみると、わずか300、400キロカロリー程度で、病院食をとっている患者の1200キロカロリーにははるかにおよばなかった。それが数年前に判明したという点だ。
 そんなこと、ホントにあるの?って話だ。そこでリハビリ担当者が「満足な栄養もとってない患者さんに、ぼくらは無理な運動を強制してきていたということですね」としんみりと話していた。まさに灯台下暗しだ。主治医、リハビリ、栄養士、看護士が完全な分業体制で、”効率的”に仕事をしていたあげくのトンチンカンだった。
 それまで個々の患者の顔さえ知らなかった栄養士は、きちんと本人と会い、定期的に身体にもさわって、栄養状況を把握しながら、ゼリー状にした野菜や漬物などを作り、看護士は時間をかけて本人にそれを食べさせるようになった。現場からみれば、点滴をセットしておけばよかった以前とくらべれば、大変骨の折れる作業になった。非効率きわまりない。
 だが患者の側から見れば、点滴から食事による栄養摂取に切り替えるメリットがある。それは免疫機能の活性化だという。人間は小腸で食べ物にふくまれる栄養素や雑菌を取捨選択している。だから身体の免疫細胞の大半は小腸に集中している。点滴による栄養摂取は、栄養分を血管から入れて、そのまま全身の細胞にとどけるものだから、当然、小腸は使われず、使わないからその細胞数が減少していて、院内感染率なども高くなっていた。口から食べることで小腸の免疫機能がふたたび活性化すると同時に、全身の免疫機能も回復するようになった。
 テレビでも二、三ヶ月たつと、患者さんの顔の血色があきらかに良くなっていった。食べ物の味を感じて、食事時間が楽しみにになると、栄養状況も改善されて、リハビリにも積極的になる。今度はリハビリの進行状況にあわせて、摂取カロリーを増やすことで、ますます元気をとりもどしていく。そんな様子が、時間経過をおって紹介された。おまけに栄養状況が改善することで、床ずれも減り、院内感染率も減った。
 そうなると入院患者の平均入院日数も短くなり、回転率があがることで、病院の診療収入事態も年間1億円をこえる増収になったという。おもしろいなぁ。
 でも、効率主義の盲点みたいな話は、病院以外でもたくさんある。西武グループの不祥事だって、ホテルとかどんどん作って万年赤字状態にしておいて、その土地資産と、東証一部上場の西武鉄道株をちらつかせながら、銀行からの融資はどんどんうけられる体制が、もっとも効率的な経営だったわけだ。企業が効率主義をきわめようとしたら、法人税ほど無駄なものはないから。
 もちろん、これは他人事じゃない。ぼく自身も「簡単」や「便利」にのっかってるつもりで、たくさんのトンチンカンをやってる。たとえば、一本電話する手間を面倒くさがって、メールにしたら、相手の感情を害してしまい、関係をこじらせてしまったりとか。
 この病院の事例でいうと、患者さんとの対話とか、栄養摂取状況の把握といった「基本」が、病院側の効率主義のなかで見落とされてきたことが、トンチンカンにつながった。「簡単」や「便利」と、「基本」のバランスってことになるけど、これって実は難しい。みなさんの周りのトンチンカン事例も教えてください。