NHKスペシャル「新潟中越地震・山古志村村民たちの80日」〜矛盾にこそ咲く「花」

rosa412005-01-13

 真っ二つに割れた自宅に、72歳のおばあちゃんは震災後はじめて戻った。まず避難場所の体育館で待つ、脳卒中で歩くのが不自由な83歳の夫から頼まれた、自家製の味噌をせっせとバケツにつめこんだ。自宅脇の畑で育てた大豆から三年前に作った自慢の味噌だという。
 それから当座の生活にいるものを見つくろって手早くバッグにつめ、引き上げる前に、持参した白い菊の切り花束を、紫色した縦長のガラスの花瓶に、そのまま無造作にズボッと挿し、玄関右側の木製の靴箱の上においた。今度いつ帰れるかもわからない家の玄関に。
 それからひと呼吸おいて、ふいに彼女は両手で顔をおおい、わーっと泣き出した。カメラの前でそれまで抑えていた彼女の感情がはじけた瞬間だった。
 村の次期リーダーと見られていた49歳の牧場主は、5人の家族をかかえて迷っていた。新潟県柏崎市の牧場経営者仲間から「仕事を手伝ってくれ」との誘いをうけた。だが同じ避難所にいる村の仲間を見捨てるようで、夫婦ともに決断できずにいた。だが生活の見通しが立たない以上、一家の主は生活の糧を選択する。
「後ろを振り返るな!」
 避難所を後にするとき、彼は妻や息子たちに叱るようにそう言い、そそくさと車に乗り込んだ。いや、誰よりもそれは彼自身に言い聞かせるための言葉だったのかもしれない。
 そのときだ。腰の曲がったおばあちゃんがあらわれて、彼の奥さんに餞別(せんべつ)を手渡そうとした。避難所の自分たちを置いて出て行く者への複雑な思いが、そのおばあちゃんにも多少なりともあったにちがいない。それでも、新たな出発を決めた一家に、何か手渡さずにはいられなかった。いや、餞別を手渡すことで、なにも気に病むことはないとそう伝えたかったのかもしれない。
 最初、奥さんがそれを拒むと、今度はセーターの胸元から強引にそれを入れると、すぐさま踵(きびす)を返した。奥さんは右手で口をおさえながら、彼女の背中にむかって頭を下げるしかなかった。
 人物ルポを描くとき、その人の芯(しん)みたいなものをつかみとりたい、まだ誰も書いたことがない、その人を新たに発見したいとぼくは思う。それはえてして、最初からそうなるに決まっていたような、とても理路整然として、読みやすい物語になってしまいがちだ。
 だが現実の人間は違う。山古志村の人たちのように、心の中ではいろんな感情が行きつ戻りつしながら、日々をすごしている。直線ではなく、もっとギザギザだったり、グニュグニュな曲線だったりもする。むしろ一見矛盾した行動の中にこそ、強烈に匂いたつ人となりがあって、それが観る者読む者の心を強く揺さぶる。その揺れが共感や理解へと連れていってもくれる。あらためて、ぼくはそのことを教えられた。
 それと同時に、小さな村の人たちが見せる、その土地と仲間たちに寄せる深い愛着と葛藤を目の当たりにしながら、地域にも同じマンションの住民にも、何ら愛着も葛藤も持てていない自分の貧素な暮らしの正体を突きつけられているような気分にもなった。
新潟県中越地震「立ち上がれ!中越」プロジェクト@weblog