一冊のヒット本の裏側

rosa412005-04-06

 今日の午後、以前ここで紹介した『考具』の著者、加藤昌治さん(id:rosa41:20050317)と、田町「ヌースフィア」でランチをご一緒した。雑談半分、取材半分で。とても楽しいひとときだった。
 加藤さんの本への感想で、「こんな程度でいいと知り、ホッとしました」「ずいぶん肩の荷がおりて楽になりました」というものが多いらしい。そこで話題はおのずと、「それって一体何なんですかねぇ」という流れになった。
『考具』は、加藤さん自身が書きなぐっただけの下書きや、事例などを掲載しながら、アイデア発想法をわかりやすく解説した一冊だ。着眼点と事例は紹介されているけれど、けっして斬新な発想や、完璧な事例が書かれているわけではない。むしろ、アイデア発想法のハードルを下げる意図を加藤さんはもっていたという。
 だから上記の感想は、彼にとっては「してやったり」ではある。
 だって、アイデアをひねり出すのは手段であって目的ではない。加藤さんも、アイデア出しの練習は、けっして正解を導き出すためのものではないと本の中で書いている。
 だが、寄せられた感想から類推すると、読者にとってはその手段のプロセス自体も、もっと理路整然としていて、きちんとしたものでなければならないんだ。極端にいえば、見事に正解に結びつく、完成度の高いものであるべきだという先入観が強かったという話だ。
 日本人的な精緻で細かいことを良しとする国民性もあるだろう。その美点ももちろんあるが、そういう完璧主義のクセや、正解を求めずにはいられない感性が画一化すると、発想も感性もどんどん痩せて、縮んでいくしかない。
 一冊のヒット本の反対側に、社会の閉塞感のあばら骨が透けてみえる。