ジャック・ジョンソン『on and on』〜肩の力をぬいて、喜怒哀楽をキレのある球みたいに投げ込む術を

オン・アンド・オン

オン・アンド・オン

 仕事がひと区切りついたので、散歩にでかけた。午後6時半頃、西の空がほんのりと暮れなずみ始めていた。昼から夜に移ろっていく、このどっちつかずの時間帯がけっこう好きだ。無防備な感じがいい。
 7月の夕方には似つかわしくない涼やかな風を感じながら、近所の遊歩道をあるいた。台風が過ぎ去った翌日で、今日はきっぱりとした濃厚な青空と涼風の、気持ちのいい1日だった。だが昼間にくらべると、かなり色あせた青空に、小さな雲がそこかしこに散らばり、それぞれの雲の半分ほどが、オレンジとピンクの中間色に染まりかけている。そのきれいさに見とれながら進むと、ふいに蝉の大合唱が歩道脇の一本の木から聴こえてきた。さわやかな風にのせて、夏をふりまくかのように。
そのとき、家を出るときからずっとリピート再生していたジャック・ジョンソンの、『gone』という曲のこんなフレーズが聴こえてきた

and what about your mind does it shine
or are there that concern you more than your time


gone going gone everything gone give a damn
gone be the birds when they don't want to sing
gone people all awkward with their things, gone

 その絶妙のタイミングに、いっぺんに肩の力がぬけて足が止まった。
 だって、まるで「色即是空 空即是色 一切皆空」と、とびきり穏やかな声で、しかもめいっぱいリラックスして歌ってるみたいじゃないか。それらの歌詞が、目の前の夕景と抑制されたヴォーカル、涼やかな風と見事に溶け合っているその瞬間に、とてもうっとりした。
 最初はノラ・ジョーンズと、ジョアン・ジルベルトを足して二で割ったようなヴォーカルとメロディに聴こえるかもしれない。ぼくは二人とも好きだだけれど、ジャック・ジョンソンのギターの、しなりうねりする旋律とその余韻、リラックスした歌声、そして奥行きのある歌詞との見事な調和は、そのどちらでもない確固たる世界をもっている。
 だけど何より、誰かを恋しい気持ちや社会への憤り、あるいは切なさや喪失感をも、まったく同様のリラックスした声で淡々と歌う彼の姿勢が、とてもカッコイイ。英語のディテールは訳詩を見ても正確には頭に入らないけれど、そのニュアンスはきちんと受けとめることができる。
 こういう原稿が書きたい、肩の力をぬいて、起伏のある喜怒哀楽と豊かな行間を、キレのある球みたいに投げ込むこの感じで。
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