アン・サリー『day dream』〜ミルク・ティーですごす日曜の午後にこの一枚 

 CDの前半は、歌の上手い女性だなぁ程度の印象だった。それが6曲目の『三時の子守唄』で一変した。ぐいっと襟首をつかまれて、その歌の情景の中へ、さらには自分の色あせかけた記憶へと連れていかれた。
 それは中学生の夏休みで、クラブ活動をおえて家に帰ると、当時のぼくは必ず水風呂に入った。火照った体で入ると一気に汗がひいて気持ちがいいのと、入浴後に洗濯したてのランニングシャツと半ズボンに着替えて、ジュースでもぐびぐび飲んで、畳の上にごろんと転がると、そのひんやりした感触が腕や足に気持ちよかったから。子どもなりの暑さ対策だった。しばらくすると、さらっとした手足がほのかな暖かさに包まれて、疲れた体が心地いい眠りに誘われた。『子守唄』のせいか、そんな情景が思い出された。
「透明感のある歌声」―おそらく、女性誌アン・サリーの歌声をそう表現するだろうけど、それは上っ面にすぎず、ただの聴力不足だ。たとえば、このCDに収録されている『三時の子守唄』(細野晴臣作詞作曲)と『週末のハイウェイ』(佐野元春作曲)、そして『こころ』(キム・ドンミョン作詞)を聴きくらべてみれば一目瞭然だ。
 ゆったりと歌われる『子守歌』はどこか唱歌っぽく響くし、『ハイウェイ』はアップテンポで、都会的かつメロウに歌われ、『こころ』は穏やかなギターの音とともに聴く者の心をしんとさせる。それは彼女がきちんと歌い分けているからだ。「透明感」だけで人の心は揺さぶられない。
 古今東西のカヴァー集、しかも名曲というより渋めの選曲。日曜日の午後にミルクティーでも飲みながら、この一枚を聴いてみれば、心地よくいろんな想像力が刺激される。
アン・サリーのHPのディスコグラフィーで視聴できます。
●シンガー兼心臓内科医である彼女へのインタヴュー記事