チャールズ・ブコウスキー『ブコウスキーの酔いどれ紀行』(河出文庫)〜マンホールぐらい視野で世界を

ブコウスキーの酔いどれ紀行 (河出文庫)
 たとえば、マンホールぐらいの視野から、人々の往来や世界のありようを見ることができれば、ぼくの人生観ももっと謙虚になれるはずだ。人生にあまり期待しない視点が獲得できたら、もっと楽だろうなということは理屈ではわかるが、なかなか難しい。たとえばブコウスキーは、夥しい女性遍歴の末に巡り会った若い妻についてさえ、こう書く。

リンダ・リーは汚された地中海に足首を浸けて水を跳ね散らかしている。わたしがうんざりしてしまうようなことすべてをあの若い女性は楽しみ、わたしが楽しむことすべてに彼女はうんざりする。わたしたちは完璧な組合せなのだ。わたしたちの仲を取り持ち続けているのは、二人の間に横たわっている、この我慢できる、あるいは我慢できない隔たりだった。私たちは何一つ解決もできなければ、解決するきっかけも掴めないまま、毎日、そして毎晩会い続けている。完璧だ

 こんな適度な「隔絶」から眺める世界−故国ドイツへの旅をつづった紀行本は、そんな視点でつづられている。ドイツ生まれで、少年時代にアメリカに渡り、20年間郵便局員として働いてから独立した、苦労人のアル中作家は、明日が今日とたいして変わり映えしないことをよく知っている。あるいは、比べようもないくらい惨澹たる可能性だってなくはないことを踏まえた上で生き、歩き、食い、酒に酔い、女の子を物色する。
 今日より明日にいたずらに何かを期待してしまう心弱き夢想家こそが、痛い泣きを見ることを彼が熟知しているからだ。
ドキュメンタリー映画『ブコウスキー・オールド・パンク』、渋谷にてレイトショー公開中。