角川春樹獄中俳句『海鼠(なまこ)の日』〜ひりひりと火傷しそうな唄ばかり

rosa412006-02-16

 透明度の高い波打ち際などで、天気のいい日に腕を水につけてみる。すると、水面の揺れに呼応して、自分の手がゆらめき歪む。俳句という形態は、あの感覚に似て、見慣れた言葉の姿をねじり、のばし、底を抜き、まるで別物へと変容させてしまう。そんな当たり前のことを、角川さんの作品に触れて痛感させられる。

わが生は愚直なるべし唐辛子

ひとり棲む獄舎に春の奈落あり

用なき男の乳房寒に入る

胸中の鮫に風吹く秋の昼

存在と時間とジンと晩夏光
 

 社会から抹殺された獄中の日々が、一人の俳人に大樹のごとき洞察と、豊潤な作品をもたらす。人間というのはつくづく因果な、そして愛らしい生き物だ。言葉をつづるとは、自分の魂と向き合うこと。これもまた当たり前のことを教わった。暗闇に鈍い光を宿す刀のような、そんな顔をした62歳の男はそういない。

海鼠の日―角川春樹獄中俳句

海鼠の日―角川春樹獄中俳句