角川春樹獄中俳句『海鼠(なまこ)の日』〜ひりひりと火傷しそうな唄ばかり
透明度の高い波打ち際などで、天気のいい日に腕を水につけてみる。すると、水面の揺れに呼応して、自分の手がゆらめき歪む。俳句という形態は、あの感覚に似て、見慣れた言葉の姿をねじり、のばし、底を抜き、まるで別物へと変容させてしまう。そんな当たり前のことを、角川さんの作品に触れて痛感させられる。
わが生は愚直なるべし唐辛子
ひとり棲む獄舎に春の奈落あり
用なき男の乳房寒に入る
胸中の鮫に風吹く秋の昼
存在と時間とジンと晩夏光
社会から抹殺された獄中の日々が、一人の俳人に大樹のごとき洞察と、豊潤な作品をもたらす。人間というのはつくづく因果な、そして愛らしい生き物だ。言葉をつづるとは、自分の魂と向き合うこと。これもまた当たり前のことを教わった。暗闇に鈍い光を宿す刀のような、そんな顔をした62歳の男はそういない。
- 作者: 角川春樹
- 出版社/メーカー: 文学の森
- 発売日: 2004/09
- メディア: 単行本
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