絲山秋子『ニート』(角川書店)〜スカトロ描写を通して、人間の内壁をさらし示す力

 芥川賞受賞のニュースと表題に惹かれて、六本木の青山ブックセンターで衝動買い。六本木通りから少し脇道をはいった、隠れ家的なスタバで一気に読みきった。表題作より、最後の『愛なんかいらねー』が断然いい。

 呪え。
 乾の声に押し殺された凶暴な香りがした。
 痛い、ほんと痛い、やめて。
 呪え。
 皮膚が裂けそうだった。筋肉が抵抗しようとしても、異物の方が力で勝る。
 曲だけが次々と入れ替わって時間をはかっていた。体についたもののある部分は乾
き、ある部分はじくじくしていた。抵抗はやめなかった。しかしそれが乾を興奮させ
ることを知って首を振り、腰をよじり、肩をひねろうとした。苦痛の見た目がこれほ
ど快楽と似ていることが腹立たしかった。
 ばか、乾のばか。
 けれど口から出たのは別の言葉だった。
 世の中消えちまえ。
 彼女がそう叫んだ瞬間、乾の体はしなって果てた。

ニート   
 この作品には、寄生虫と宿主についての記述も出てくるが、さしづめ人間の快楽や欲望は、寄生虫みたいな存在かもしれない。寄生虫のような欲望を凝視することで、かえって人間が狂おしく匂い立つ。寄生虫は宿主は殺さないらしいが、過度な欲望はときに人を破滅させる。始末が悪いのは、そんなカタストロフな欲望は人に快感をもたらすこと。自分もふくめて人間ったら、もう、である。
 小説の醍醐味というのは、たとえば服を裏返す要領で、口から人間をひっくり返して、普段は皮膚の下に隠れている内壁をさらし示す力だと思う。低濃度の生理食塩水に浸けられた物体がじわじわと溶け出すみたいに、そんな小説に出会うと、良識ぶった自分もふい溶け出てまいそうで、少し怖くなる。人間は点滴液のビニールパックみたいに、本来ぶよぶよとしたものだから。
 昔、知り合いの記者に連れられて、SM嬢の話を聞きに行ったことがある。取材後、服の上から亀甲縛りをされて転がされ、は〜い、いま肛門が丸見えです、と冷静な声でいわれたときのことを思い出す。