呼吸がうまくできない感覚が面白い

rosa412006-03-09

 空調の音しかしない。隣の人のお腹が鳴りだす。さらに、もう一人向こうの人のお腹の音まで聞こえてくる。一方のぼくは、それどころではなくて、肩の力を抜こうとしながら、うまく抜けず、ゆっくりと吐き出したいんだけど、どうしても呼吸も心も乱れてしまう。呼吸がうまくできない―日常では、まずありえない感覚に戸惑っている自分が、面白い。なんか泳げないのに、海に飛び込んでしまったような感じで、少しなつかしいし。
 都内のある曹洞宗のお寺に座禅を組みに行って来た。昔何度か行ったことがある寺だ。眼は半眼のつもりが、知らぬ間に眼を閉じていたり、ふっと睡魔に襲われたりして。もう、しどろもどろだ。30分終了後、いったん座禅堂を出て和室へ。そこで道元の『正法眼蔵』の文庫本数ページを僧侶が読み聞かせてくれるが、原文も現代訳もちんぷんかんぷん。
 けれど、二回目の座禅を組んだら、かなり違った。
 胡坐を組んで体を左右に揺すって重心を探すと、ピシッと腰が決まった。まず深く吐ききってから、ゆっくりと静かに吸いだすと、途切れることなく複式呼吸ができ始める。10分もすると、組んだ足のしびれもあるのだが、全身、とりわけ下半身を使って呼吸している感覚がよみがえってきた。
 息を吐ききる際、息で下腹の底を軽く押す。その後で脱力すると、吐ききった反動で下腹がふくらむ。それと同時に、両腿までもが脱力して、さも呼吸しているかのような感覚が生まれる。昔、永平寺での体験取材で感じたような感覚だ。それが、こんなに早く戻ってきたのが嬉しい。
 ピンポン玉を頭から喉、さらに消化器から肛門へと吐く息とともに下に落していくイメージを、腹式呼吸とともに反復する。最初はうまく吐けず、乱れる息に集中力までもブレてしまう。それが次第に整えられるようになる、少しオーバーだけど、力みが取れ、呼吸する生き物として洗練されていく感じにつつまれる。下半身までが呼吸に呼応しだす、あの一体感をひさしぶりに満喫した。