藤代裕展『役に立たない・モノ・静物・風景』〜シンプルで密やかな再生に耳をすます

rosa412006-03-12

 以前、モーリス・ユトリロ展を観に行ったときのことだ。10代でアルコール中毒となり、そのリハビリに絵を描きだしたという彼の初期の作品。「白の時代」ともいわれる風景画の、言葉にしがたい哀切さや温かみの混在する風合いにグッときた。
 それらの作品がパリで評価され、生活が裕福になって以降、ユトリロは多彩な色を使いだす。それらの作品も観たのだけれど、その余白でこそ歌っていた詩情が消え、意味のないお喋りの騒々しさだけが目に付いた。欠落こそが豊穣な作品として結実する。芸術とは、つくづく因果な世界だった。
 千葉西駅まで出かけて、藤代さんの今回の作品を観ながら、ぼくはふいにユトリロを想った。その一見、無機質な外観と、ペンキの染みや、廃材である木片や針金の肌合いが混ざり合い醸し出す、痛々しさや温かさなどが調和する加減が似ていると。
 下手に作り込まず、相手が想像力でそれぞれの「作品」にする余白を残した仕上げ方。いまの僕の文章にもっとも欠落している「行間」を、それらは豊潤に抱えている。「書かないで、いかに書くのか」―そんな問いを目の前に突きつけられているような気持ちで、ひとつひとつの作品と向かい合った。
「役に立つ」あるいは「得する」情報ばかりがあふれる世の中で、自ら「役に立たない」と名乗り、多彩さに逃げず、シンプルなものの中にこそ豊かさを創り出そうとする姿勢と勇気に、まるで叱られているような感銘をうけた。
 右上写真の作品は、「elegant crime(優雅な犯罪)」。少し迷って、買うことにした。たぶん、死ぬまでそばにおいて、この作品を観るたびに、今日のこの文章をぼくは思い出すだろう。やっぱり、「好きだ!」と思わせる作品を創りだす以外に手はない。
 でも、奥さんにはしばらく黙っておくことにする。みなさんもご協力を(^^;)。
 藤代さんのHP「HATENA s.p.a.」でも、その作品を堪能できます。なお、画廊椿での個展は15日(水)まで。