『かもめ食堂』へのオマージュ(敬意)

rosa412006-05-04

きれいな余白


だれもいないプールで
彼女はひとりすいすいとすすむ
とりたてて速いわけでも
かっこいいというわけでもない平泳ぎで
ひととじぶんをくらべることなく
ただただ前にすすむすがたが
とてもきわだっている


ヘルシンキのきゃくのいない店のなかで
彼女はたんねんにグラスをふいている
すこしもあせらず
口元にすこしえみをたたえて
いつかくるきゃくをまっている
すこし歳をかさねて
むしろかのじょはかがやいてみえる


その店のさいしょのきゃくである青年に
かのじょはずっとコーヒーをただでだしつづける
青年はせいねんですこしもちゅうちょせず
それをのむためにきょうも店にやってくる
「ありがとう」ということばだけをかたてに


男はかのじょの店のものをぬすもうとしたわけじゃない
いぜんその店で男がつかっていたコーヒーミルを
きゅうに自分のてもとにおいておきたくなって
それをかえしてもらいたくて
かのじょの店にしのびこんだ
きっと店をしめてから
なにもかもがうまくいってなかったからだろう
その男をどろぼうとかんちがいして
かれのうでをとって合気道じこみでなげてから
かのじょは「おいしいものでもたべよう」と椅子からたちあがった
しろいごはんをたきあげ
みんなで梅ぼしやおかかをいれたおにぎりをつくり
のりにつつんで そのおとこもふくめてみんなでパクついた
にほんからとおくはなれたその店で
「おいしい」ともいわず、もくもくとそのソウルフード
みんなでいぶくろにつめこんだ


そもそも
「コーヒーは、他人にいれれてもらったほうがおいしい」
彼女にそうおしえてくれたのはそのおとこだった