ド阿呆(あほう)の凄みと輝き

ソロ―単独登攀者・山野井泰史 
昔からド阿呆に弱い。だから憧れていた。「あいつ、アホやけど、あの●●なところは男として敵わんな」―そう言われるヤツになりたかった。なれんかったけどね(-w-;)昨夜、テレビで久々にワクワクするようなド阿呆に出会った。
クライマー山野井泰史、41歳。TBS「情熱大陸」だ。ヒマラヤで遭難しそうになったとき、彼はふと考える。10本の指の中で一番使わないのはどれか?と。
「小指と薬指」―そう決めると、まず小指の腹を使って凍る岩壁をまさぐり、金属製の杭を打ち込める裂け目を探す。当然、小指は凍傷になり、切断しなければならない。そうやって何度も危機を克服してきた山野井は、手足10本の指が無い。そのくせ、テレビに映る彼は無性に明るい。いい笑顔をもっている。
 都内で電車に乗るときに、人が降りるのも待ちきれず我先にと車内に乗り込んで座席を確保する人たちみたいな、さもしさが微塵も無い。損をしないように小利口に立ち回ることに、全精力を費やしているような貧乏臭さもない。小さな損得に目をうばわれるあまり、自分自身を大きく損なっている人とは対極にいる男だ。
 家賃2万円で東京・多摩に登山家の妻と暮らし、家の中にも、ロッククライミングを練習するための岩壁のミニチュアが設置されている。彼同様に、凍傷で数本の指を失った奥さんと時折、楽しそうにそれに挑む。
 もちろん、極論だとはわかっている。
 だが、それでも、ああいう本物のド阿呆を目の当たりにすると、自分がたまらなくみすぼらしくて卑しく思えてくる。その惨めな気持ちは忘れたくない。何を手にするために何を棄てるのか、それを見失わないように。