宇多田ヒカル『DISTANCE』〜「一人じゃ孤独を感じられない」という感性(1)

 ちょっとしたきっかけだった。
 去年、映画『春の雪』を観にいったとき、エンディングロールで流れたのが、彼女の歌だった。その歌で、ぼくの耳にひっかかったのは、最期の「あ〜あ あ〜あ〜」と叫びにも似た長いリフレイン。それは貴族の家柄に生まれながらも、無気力・無関心を通してきた美少年の主人公が、ひとつの恋愛に堕ちる中でその命までも失っていくという映画(あるいは小説)の不条理を、とても端的に受けとめているように思えた。
 原作は三島由紀夫が少し自家中毒かとも思える流麗さで構築した同名小説だ。宇多田ヒカルはそれを、「あ〜あ あ〜あ〜」という、言葉とは対極にある情感の、延々たるリフレインだけで表現しているように思えて、ぼくは身震いしそうだった。すっげぇ天才かもしれないという直感は、いつか彼女の歌を時系列できちんと聴いてみたいとぼくに思わせた。オジサン、今頃になって何言ってんだよぉ〜と笑われそうだが構わない。夏炉冬扇って例えからして、我ながらオヤジ臭いが、自分が聴いてみたいと思ったときが聴きどきだ。