蓮実重彦氏の語る「溝口映画における船」〜青山ブックセンター本店

rosa412006-07-22

 溝口健二の映画は一本も観ていない。ただ一度、蓮実重彦氏(元東大総長)の映画論をじかに聴いてみたかった。
「溝口の映画を10本観ていない人は、愛国者とは呼ばせない。溝口と君が代とどっちが大事か、答えは自ずから明らかです」
 聴衆の注意を引きつつリラックスさせる、巧みな掴(つか)みで彼の話は始まった。夫婦の混浴シーンがある溝口作品を観たかったが、親の許しをもらえず、違う作品を観せられた中学生時代の話などで笑わせつつ、溝口作品の「船」の場面を、次々とスライド上映していく。要は、船という非日常空間で、映画の登場人物たちが不条理な運命を受け入れたり、あるいはそれに抗ったりする様を描くことで、より映画たらしめようとした溝口像をあぶり出すという内容。
 北野武より50年近く前に、ベネチア映画祭で金獅子賞を受賞した『西鶴一代女』、あるいは『雨月物語』『残菊物語』などに興味が湧いた。9月に恵比寿ガーデンシネマ特集上映されるらしい。
「私は高校の頃、溝口映画のキーワードは『船』だなと、当時の日記に書いたのですが、あれから50年、誰もそれについて語らないので、とうとう50年ぶりに私が皆さんにお話することになりました。まさに人生の奇縁という気がします」
 講演そのものが名エッセイめいた結び方だった。