ドキュメンタリー『アンリ・カルティエ・ブレッソン〜瞬間の記憶』

rosa412006-08-01

 そうか、ブレッソン翁は、少年時代からパリの美術館に通っては好きな絵画を模写する子どもだったのか。彼のスナップのあの美しい構図は、当時から培われたものなんだ。
「写真は短刀のひと刺し、絵画は瞑想」
 と話す彼は、老境の今はカメラではなく、もっぱら絵筆やデッサン帳をにぎっている。子どもの頃、大好きだった絵に戻った。つまり世界的な写真家は、ひとつの挫折をかかえていたことになる。
「構図が決まったら、あとはタイミングをひたすら待つんだ、そしてボン!ボン!」
 そういって子どもっぽい笑顔をうかべる。もっとも難しいというポートレート(肖像)撮影での自らのシャッター音を、大きな銃器の発砲音みたいに表現する点に、その瞬発力と、きわめて高い集中力が伝わってくる。相手がカメラ目線ではなくとも、被写体たちの穏やかな、あるいは気取らぬ表情を見ると、ブレッソンという人は、他人の懐に入るのが上手かったこともわかる。
 また、彼は、絵画的な構図と物語性のあるスナップ写真の名手として有名だが、この映画を観ると、そう一筋縄ではいかない。1930年代のアメリカの路地裏で、埃をかぶった「GOD BLESS AMERICA」の記念碑と、オンボロアパートの窓際で斜めに干された洗濯物をからめて撮った一枚など、とてもジャーナリスティック。ぼくの知らない一面だった。
「偉大な写真家を目指す必要なんてない。ただ、よく生きることだ。そうすれば、いい写真も撮ることができる」―簡単そうなことだが、多くの人たちがあっけなくそこで間違う。シネマライズ渋谷「ライブエックス」で8月11日まで。