親との握手

 最初は親父だった。
 去年、親父が入院して、日帰りで見舞ったとき、帰り際になんとなく僕の方から右手を差し出した。握り返してきた親父の握力はとても強かった。口では不安げなことをいいながら、これなら大丈夫だなと思った。それ以前、親父と握手したことなんて、あるだろうか。・・・思い浮かばない。深い意味があったわけではなく、なんとなく手が出た。
 あれがきっかけだと思う。今年、今度はお袋が入院したときも、帰り際に僕から右手を差し出して握手した。親父ともしたから、ということではおそらくない。そうは言っても、明確な理由も思い当たらない。ただ、握手したかったのだろう。よく考えると、お袋とも握手なんてしたことなかった。彼女の握力はとても弱々しかったから、おいおい、力ないなぁ〜と笑いながらいうと、そんなもんあるかいなぁと、お袋は入院やつれの顔をほんの少しほころばせて言った。
 あんた、腕太いなぁ〜、ええなぁ、最近のアンタはエエことばっかりあって、わたしなんか悪いことばっかりやで、全然割に合わんわぁ――まるで甘えるような彼女の口調に、僕は言葉を失った。そんな彼女を見るのは初めてだった。
 お袋の退院後、大阪に出張した折に、割烹料理屋で夕食を三人でとったときもそうだ。それはお袋の退院と、ぼくの出版祝いだった。母親はあんたの努力の賜物やでとストレートにほめてきて、一方の親父はおまえは運がええなぁと繰り言した。そんな二人のコントラストも少し可笑しかった。
 そして別れ際、やっぱり僕は右手を差し出して両親と握手した。43歳にして両親と相次いで握手したのは初めてで、それはお互いに何の照れもない、とても自然な握手だった。