歌舞伎座の一幕見席で「團十郎」満喫の夜 

 築地を出て、銀座までぷらぷら歩いていると、歌舞伎座前に人ごみ。公演が終わったばかりなのかと思っていると、「一幕見席の方、お一人1000円です」の声が耳に入った。ちょうど午後7時前、あまりのタイミングの良さだ。それに夕食後の歌舞伎見物なんて粋じゃないかと、さっそく奥さんと4階に上がった。外人観光客も多く、90席は満席近かった。4階前列からでもよく見える。 演目は「河内山」。主演の幕府系ヤクザ僧侶役は、白血病から復帰した市川團十郎。話は、商家の娘がある殿様に見初められ、許婚(いいなずけ)がいるにもかかわらず城へ連れて行かれ、側女(そばめ)になれと執拗に迫られる。彼女の実家から200両で娘の奪還を請負い、團十郎が高名な寺の僧侶に化けて殿様に直談判に向う―。
 面白かった。権力者のお下劣さを暴いてみせるヤクザ僧侶に、庶民が感情移入して笑い飛ばし、スカッとカタルシスを得る。落語にもある、権力者揶揄ものだった。團十郎の舞台は初めてだったが、華があって懐深い。
 その掛け合い漫才にも似た、旋律めいた台詞のやり取り。「十二代目」「いよ、成田屋!」が言いたいだけで来てるだろう、アンタみたいな人たち。どこか江戸時代にタイムスリップしたような、牧歌的でゆったりとした空間に紛れ込んでいる楽しさ。一幕で約2時間1000円なら、映画よりリーズナブルという人がいるだろう。好きな役者を見つけて、一幕見で初日と楽日の違いを楽しむなんて見方もあるな、これは。