カルガモの波紋

 彼の言葉を聞いて、ひとつの情景がうかんだ。
 早朝、博多・大濠公園に向う途中にある鶴舞城、その外堀にいた一羽のカルガモの姿だ。群れから離れ、一羽だけで毅然と静かに水面を進んでいた。見ると、その後ろにはきれいな二等辺三角形の波紋ができている。ちいさなカルガモには不似合いなほどの大きな波紋が、朝日に照らされてくっきりと際立っている。一羽のカルガモとその波紋のコントラストには、ぱんぱんに張りつめた花の蕾(つぼみ)にも似た澄んだエネルギーがみなぎっていた。
「夢という言葉は好きじゃありません。ぼくはここで投げられる日を信じて、今までやってきましたから」
 26歳の彼はそう言い切っていた。 
 あのカルガモはどんな想いを抱えていたのだろうか。