マイケル・アリアス監督『鉄コン筋クリート』〜07年元旦幸先のいい名作との遭遇

鉄コン筋クリート (3) (Big spirits comics special)  
 枯れた花や、汚れて節くれ立った手だからこそ持つ味わいがある。
 松本大洋の名作『鉄コン筋クリート』がもつ魅力とはその類のものだ。カサカサに乾ききった街で繰り広げられる暴力と悪意の衝突、それと垂直に交差するストリートチルドレン2人の純粋でタフな絆。そのコントラストが鮮明で哀切だ。陳腐なヒューマニズムを徹底的に排除した節くれ立った物語で花開く、ひそやかなモノクロームの抒情とでも言うべきか。
 新年早々、およそ12年ぶりでこの漫画を読んだのは、今ロードショー公開中の同名アニメーション映画を観るためだ。ただ、今年初めて読んだのがこの漫画だったことは、個人的には何かとても示唆的なような気がする。ぼくが持っているのは94年版だが、その物語は少しも古臭さくない。世の中が当時より荒んできたせいで、そのリアリティはむしろ増している。
 映画の日でもある元旦の夕方、奥さんと二人で銀座に出かけた。マイケル・アリアス監督は、原作に忠実でありながら、アニメの武器である疾走感と映像の押し引きを適切に加えることで、名作漫画に手重りする生命感を吹き込んでいる。じつに細かなディテールへの情熱とそのスピ―ド感は、一連の宮崎アニメとも遜色ない。『鉄コン筋クリート』の主人公クロが飲み込まれそうになる「内なる闇」との葛藤は、宮崎が名作『風の谷のナウシカ』で描きこんだワームという巨大怪獣と対を成している。こういう名作漫画と映画を、元旦早々に夫婦で共有できたことも嬉しい。
 映画を観終えてから、二人で少し銀座を歩いてみた。人気はないのにイルミネーションだけは普段どおりに明滅するその町並みは、少し浮世離れしたSFの舞台みたいに思えて、映画の宝町とシンクロした。映画の余韻で少し微熱めいた気分と、胸に吸い込んだ冷たい空気が、ぼくの心の中でほどよく混ざりだす。
 そのとき、奥さんがその漫画本3冊を読み終えた昼間に口にした言葉が思い出された。
「私たち夫婦で言うと、この漫画のシロ(漫画の主人公の一人)役は私だな。リュウさんは、自分が私のことを守っていると思っているだろうけど、本当は私が守ってあげてるんだから」
 2007年元旦。