NHKハイビジョン「五木寛之 21世紀仏教への旅」(3)ブータン編〜脱亜入欧の果てに

「生まれたら死ぬのは当たり前だから、ぜんぜん恐くありません」とにっこり微笑む少女や、「家族が元気だから、それだけでじゅうぶん幸せです」と穏やかに話す40代の母親。物価は日本の50分の1という、農業国ブータンの人たちの顔つきとその言葉に、これは敵(かな)わないなと思った。
 仏教思想に根ざした輪廻転生という考え方が広く浸透していて、自分の来世は牛や草木に生まれ変わるかもしれないから、現世でも動植物を慈しむのは当たり前。人も、動植物も、そして自然さえも、命あるものという視点で見れば同じもの。そんな考えを共有する国の人たちから見れば、「環境保護」なんて言葉はずいぶん独りよがりな傲慢と映るだろう。GNPの多少とは何の関係もなく、言葉はその国の底の浅さのレベルを映す、合わせ鏡でもある。この国がGNP以外の価値観として、GNH(国民総幸福)を掲げてみせた理由の片鱗を目の当たりにした気がした。
「自分だけの幸福なんてありえません。他者との関係があってこその自分である以上、大切なのは無我という考え方ですね。だから他者を思いやることで功徳を積む必要があります」
 そう話す僧侶の言葉は、以前ここで紹介した、筑紫みずえさんの「無私」(西洋の「自我」と対峙しうる日本人の思想としての)ともつながる。脱亜入欧の果てに、お坊ちゃん総裁が唱える「美しい国」は、昔もっていた仏教的な感性を落っことし、今や家族同士で殺し合うニュースさえ目新しくない。
 今朝、遊歩道ですれ違うランナーやウォーカーに勇気を出して朝の挨拶をすると、小さな「おはようございます」が返ってきた。自分の最大の敵は自分かもしれない。