神楽坂「ルバイヤート」〜歳を重ねることの幸せを感じた夜(2) 

rosa412007-07-30

 歳を重ねることは醜悪なことが多い。
 いつの間にか歯肉が落ちて見栄えが悪くなり、歯と歯の隙間にものが詰まるようになった。寝る前、歯磨き後の歯間ブラシはいまや欠かせない。オシッコの切れも悪い。物忘れもひどくなるばかりだ。
 一方で、歳を重ねることの効用もある。たとえば、モノを見る目が肥えてきた。何かの展覧会に出かけても、表現の意図と、その良し悪しをすんなり見極められる。ヘタクソな文章でも書き続けているうちに、それなりに評価してくれる人も出てきた。まだまだ少ないけれど、相手の立場で考えるクセもついてきている。
 料理をきちんと味わえるようになったのも、その効用のひとつだ。
 それは老いや死が確実に近づいてきていて、食の快楽が、ぼくにとってより切実なものになってきている裏返しでもある。目には見えないけれど、少しずつ揺らいでいる生に対する強い執着が、飢えた獣みたいにそれを求めている。
 ルバイヤートのメインは、最高級栃木霜降り牛ロースとフォアグラのロースト ルバイヤートソース(右上写真)。口の中ではちきれそうな豊満な味で、ハッシュドポテトバルサミコソースが牛ロースとフォアグラの濃厚さをうまく束ねてくれる。グラマラスな女体でも頬張っているかのようだ。これがモンテブルチアーノの濃厚でパンチの効いた赤とよく合う。
 満足して食べ終えると、ウエイトレスを通じてシェフからお誘いがあった。量を抑えて、もう一品作りましょうかという。かなり膨らんだお腹をさすりつつ、メニューを見ると、ニョッキポルチーニゴルゴンゾーラソースに目が留まる。その瞬間、ポルチーニ茸のあの鼻をくすぐる匂いと独特な旨味がイメージされた。我ながらいやしい性格だ。奥さんと相談して、そのニョッキを注文。その後、デザートのココナッツアイスとライチのジュレ果実添えと、マスカルポーネシャンパンソース。さらにエスプレッソでフィニッシュ。
 帰り際、Oさんが玄関まで出てきてくれて、少し談笑して別れた。自分よりひと回りほど年下な彼の料理が、5年後、10年後はどう変わっていくんだろうか。そんな夢想で今度は胸までいっぱいになる。それに、今夜の料理とその余韻を奥さんと笑顔で分かち合える幸せをあらためて想う。44歳になった翌日の夜のことだ。