見えない身体(3)〜筋肉と神経は表裏一体 

 つづいてマッサージが左腰側にうつると、右ほどではないが、腰骨の上あたりにもかなりの張りがある。
「右側の過緊張に隠れていて、自覚がなかったんでしょうね」
 また、Hさんがぽつりと言う。痛めた右腰側に意識が集まるせいで、左側の張りに気づかない。人の意識と身体の関係は、痛みをきっかけに、じつにあっさりとアンバランスにかたむく。つづいて左の骨盤あたりを揉まれると、今度はたまらなく気持ちがよくなる。ああ、そこ気持ち、いいですねと思わずつぶやく。
「それだけ疲れが溜まっていたということですよ」
 諭すとも、労わるともつかない声音でHさんが言う。
 1時間半のマッサージが終わる。痛めてからのくせで、ぼくはまずうつ伏せの姿勢から、両肘を支点に両脚をお腹近くに引き寄せて立ち上がろうとすると、全身がたまらなく重くてだるい。
「ずいぶん疲れているでしょう、でもそれは身体というより、むしろ神経の疲れですよ。他人に身体を痛めた身体を触られる緊張感がすごいですね。全身が力みかえっていましたから。筋肉と神経はそれぐらい表裏一体なんですよ」
 筋肉より神経の疲れ?それはにわかには信じられない言葉だった。だが、訪問時はへっぴり腰だったぼくは、マンションを出ると、ゆっくりながら大股で歩けるようになっていた。