「身体に楽なことは身体に悪い」 

 腰を痛めてから、座るものに敏感になった。いままで持ち得なかった感覚だ。
 たとえば、現在、仕事場の椅子はリビング用の背もたれのついたものを使っている。奥まで深く腰掛けてパソコンを打つ分には、まるで疲れなくなった。バランスボ―ルや、リクライニング機能と肘掛付きの高価な椅子より、断然疲れない。というか、右腰が張らない。
 これはリビングのクッション付きの長椅子や、ソファベッドも同様。どちらも長時間座っていると、右腰が張って硬くなる。以前通っていた整骨医の先生が、ある腰痛持ちの患者さんに「クッションのついたソファを捨てて、背もたれのついた硬い椅子に変えなさい。一見、身体に楽なことってじつは身体に悪いんですよ」と忠告されていたことを思い出す。今回ようやっとその意味を体感できた。失ってこそ得るものがある。
 その他にも、裸足にスリッパ履きは楽だけど、踵から着地して骨盤と両脚に体重をきちんと乗せていく歩き方からは遠ざかる。楽に作れるレトルト食品や冷凍食品には、意味不明な添加物の名称がびっしりと裏書きしてある。たやすいことに逃げると、人は往々にして何事にもぞんざいになる。
 そのくせ、ぼくらの生活は、「便利」「簡単」「お得」と喧伝するものたちに包囲されている。