柳田邦男『空白の天気図』〜事実をもって語らせることの凄み 

 20数万人と2012人。 
 前者は、原子爆弾が投下された広島の死者および行方不明者数。後者は、その約1ヶ月強後に広島を襲った、枕崎台風での死者および行方不明者数だ。同台風の広島での犠牲者が、なぜ上陸地の九州全体の犠牲者数の4倍近いのか。戦争の時代と戦後史の接点にある、この事件の知られざる部分に光を当ててみたい。
 それが「空白の天気図 (新潮文庫 や 8-1)」における柳田さんの着眼点だ。ある取材資料として読んだのだけれど、その濃密な作品にすっかり引きこまれてしまった。1975年の作品だ。広島に原爆が投下された8月6日ではなく、枕崎台風が広島を通過した9月17日に焦点を当て、原爆被害とその二次災害としての台風被害の実相に迫っていくアプローチも興味深い。というか、めちゃくちゃ勉強になる。
 太平洋戦争勃発を前に、中央気象台が軍部の支配下に組み入れられて軍事機密情報になり、お茶の間から天気予報が消えたこと。敗戦後は一転、連合国の攻撃で破壊された情報収集網の復旧も進まない中で、冒頭の枕崎台風に襲われた広島で、いたずらに被害が拡大してしまった事実が明らかにされていく。
 まず、その圧倒的な量の資料収集と分析。当時の関係者への、じつに具体的で入念な取材を通して、原爆被害の悲惨さや、同様の被害を負いながらも気象観測作業をねばり強くつづけた、広島気象台の職員らの人生が浮き彫りにされる。この本に登場する人たちの言葉の、その些細だが細やかなディテールの集積に、それらを掘り起こした柳田さんの取材者としての凄まじい情熱と信念を感じる。同時に、事実をもって語らせるルポルタージュ文学の真骨頂に、ただただ圧倒された。