川端康成『愛する人達』〜静謐なる成熟(1)


 ある年齢になって初めて、堪能できる文章というものがある。 
ぼくにとって、川端康成とはそういう作家の一人。谷崎のような絢爛豪華さや、三島のような豊穣な意匠も、川端さんの文章にはない。
  
 しかし、一見何気ない、ひらがなの文章の奥に、静謐な成熟とでも呼びたくなるようなものがある。それを、この『愛する人達』という短編集に教えられた。そして谷崎でも、三島でもなく、川端さんにノーベル文学賞を与えた点にこそ、西欧文化の成熟もまたあることが、45歳という年齢でようやく呑み込めた。


 子どもの頃から本が大好きだったガキが、ちんたら、ふらふらした実人生の歩みの中でつかんだ鑑賞眼。それを思うと、老いることはまんざらでもないな。膨大な時間を失ってこそ、たどりつける場所があるという確信は、犬死にへの恐怖心を若干は薄めてくれる。(つづく)


愛する人達 (新潮文庫)

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