川端康成『愛する人達』(2)〜負けて勝つ小説

 

 負ける建築、という言葉を使っているのは隈研吾さんだ。
 いたずらな建築家の自己主張より、建築物をとりまく諸条件との調和をこそ重視する「受動性」の喩(たと)えとして使われている。


 上記の川端作品の中で、ぼくがグッときた『母の初恋』と『ほくろの手紙』は、いずれも男が女に負ける。もっといえば、その愛情の純粋さによって人として敗れる話。たとえば、『母の初恋』は、かつて恋人同士だった女が、実人生に敗れて早く亡くなる。一方、主人公である男は、映画のシナリオ作家として小さな成功をおさめ、平穏な家庭生活もきずいている。話は、その亡くなった女の娘を、主人公が引き取り、嫁に送り出す形で進む。


 その物語の謎めいた構成と、次第にそれを解きほぐしていく展開が見事。だが、それ以上に、母娘二代の純粋な愛情の前に、人としての敗北を認める「成功者」の男の悔恨が、若い娘への擬似恋愛風な設定を織り交ぜつつ、たくみに描かれている。その間、微妙に行きつ戻りつする主人公の情緒の揺れと、対照的に、自分の心中をほとんど語らない、潔く強い意志を持った娘という陰影のあるコントラストも鮮やか。


表面的には、彼女たちの一途な恋情にたじろぐ中年男といった風な描かれ方だが、まるで折り紙の「だまし船」のように、実際にはあっけなく勝者と敗者は入れ替わっている。女達がそれぞれの男を愛し尽くすという点で、それぞれの恋愛には敗れながら、じつは命の尽くし方としては勝っている。