ARICA公演「キオスク・リストラ」〜反復の牢獄からどう抜け出すか

rosa412008-10-10


 人生を凝縮する、その鮮烈な作法。10数年前、故・太田省吾の演出する舞台をはじめて見たとき、ぼくはそれに圧倒された。芝居が始まる前から、すでに圧倒されていた。だって、剥き出しの座椅子式便器と浴槽とダイニングテーブル、そしてソファ。白一色で統一されたそれらを、ただ黒い背景に横一列に並べただけの舞台。


 そこに私やあなたの人生が、あられもない端的さで凝縮されていたから。それらの間を行きつ戻りつすることが、私やあなたの生活そのもので、それは反復の牢獄と呼ぶほかない、私とあなたの命のみっともなさを、これでもかと言わんばかりに突きつけてきた。


 同じく故人である岸田今日子が、その舞台装置を行きつ戻りつしながら、あの不気味な声と表情で、妻役を抑制的に演じていた。そうでないと、せっかくの赤裸々な便器たちの雄弁さを殺してしまうと言わんばかりに。


 キオスクをテーマにする。リアルトウキョウのメルマガで、その芝居のコンセプトを読んだとき、ぼくの直感が働いた。ひさしぶりに小劇場に触れたいとも思った。ニュ―ヨ―ク公演もこなしたという、その前衛的な舞台を観ながら、ぼくは太田省吾の影響をたしかに嗅ぎ取った。


 なぜって?
 だって、その舞台のテーブル上の両側には無数のペットボトルと、水を注ぐ水のタンクが逆様に吊るされて、そこから滴るように水が、それぞれのペットボトルに落ちていた。それが一定量になると、緑のランプが赤色に変わり、ブザー音が鳴る。すると、左右をロープにつながれた白髪の、キオスクの女性店員が、キャスター付きの椅子で滑るように駆けつけ、左右両側のペットボトルに蓋をする。その労働の対価として、彼女の給料が口座に振り込まれる。それは、わたしやあなたの労働の隠喩でもあった。(おわり)