かすみがうらマラソン(3)〜右半身のほうが重たい

 左半身はもまれても、あまり痛くなかった。
 そうか、マラソンも4回目だから、身体もあまり傷まなくなってきたのかなと思ったら、甘かった。先生の手が右肩にうつると思わず、イテッと声を出してしまった。そして腰、膝、ふくらはぎ、腿(もも)と、すべてがじつに痛かった。


 マラソン翌日の夕方、いつもどおり、マッサージの先生のところへ。身体が左右で、これほど傷み方が違うのは初めて。H先生の話によると、腎臓や肺などの大きさが左右で異なり、人間の身体は右半身のほうが重たいらしい。
「身体は左右対称ではない、と頭に入れておくことが重要です」
 先生はそう言う。ただし、身体の使い方は個々に違うので、誰しもが右半身を傷めやすいわけではないという。ただ、日本人は右利きの人が多く、右半身を傷める人が多いとはいえるとか。


 この日も朝早くおきて、少し歩いてから近所の公園で、準備体操とストレッチを入念にやって、ひと汗かいてはいた。でも、あくまでそれは表面の筋肉をほぐす程度。こうして先生にもんでもらうと、もっと奥の筋肉がしこって固くなっていることがよくわかる。右膝の裏がとびきり痛かった。先生が言う。
「これは、今日ある程度ほぐしておかないと、ケガの原因になりますよ」


 フルマラソンの度に先生にお世話になっているのだが、毎回、身体の傷み方が違う。
 先生の施術を通して見えてくる、ぼくの身体に刻まれたマラソンの記憶。自分の身体の痛みを通して、前日のマラソンを読み返すような趣(おもむ)きもある。だから、少しマゾっぽく聞こえるかもしれないが痛みが、反面ではどこか心地よく、誇らしく、いとおしい。


 身体をもまれながら、約15キロ地点ですれ違った、白髪まじりの60代後半風の男性ランナーのことが思い出された。岩手県から来たマラソン愛好家で、フル100回走破をめざす意気込みが、背中にプリントされたランニングを着ていた。その精悍に日焼けした腕、分厚い胸。そして獰猛に張りつめたふくらはぎ。彼の意志と時間が作り上げた肉体だった。