想田和弘監督ドキュメンタリー『精神』〜健常者と精神病患者の境界


「あれは、大国主命(おおくにぬしのみこと)のことでしょ?」
 A君から背中ごしにそういわれた瞬間、うわっ、すげぇ〜洞察力!と驚いたことがある。その映画を観て、大国主命と結びつけるなんていう発想がぼくにはなかったからだ。それはじつに鋭敏な読解力だった。


 北海道から初めて上京してきた、アニメ好きな彼を誘い、六本木ヒルズの映画館で宮崎吾郎の映画『ゲド戦記』を観た直後だ。中学、高校と特殊学級に通い、初めて勤めた会社でも次の旅館でも仕事ができないと、彼は1ヵ月で退職させられたことがある。


 だからぼくは驚かなかった。
 この映画で20歳で統語失調症と診断され、それから40年生きてきた男性がこういった。
「わたし、あるとき気づいたんですよ。社会の側にも、私たちを見るときに偏見があるように、わたしたちが社会の側を見るときにも、偏見があるなって。それに気付いたとき、わたし、わかったんです。社会の側で生きている人にも、完璧な人なんておらんっていうことにね」


 サラリ―マンがどんどん「うつ病」になっていき、駅のホームで倒れている人がいても見て見ぬフリの健常者の世界。アイドルが麻薬患者となると、こぞって色めきたってハイエナみたいに集(たか)るメディア。それを貪(むさぼ)り、他人の不幸は蜜の味とばかりに溜飲をさげる大衆、わたしやあなたが普段触れたり見たりしている、この健常者の世界。(つづく)