三木成夫著『海・呼吸・古代形象』(うぶすな書院)


 前回の鯵の頭につづいて蟷螂(カマキリ)の頭の話。
 三木の同書によると、カマキリは交尾の最中にメスがオスの頭をバリバリ食べ出すという。オスの頭が卵子の養分に早がわりしていく。同じオスとしては、なんともはや痛ましい。


 江戸・元禄の俳人である宝井其角が、その模様を次の一句にしているらしい。
「蟷螂(とうろう)の尋常に死ぬ枯野かな」
 読むだけで、こっちの身体までチクチクしてきそうだ。ただし、三木の真骨頂はこの後。

われわれサラリ―マンというものは、自分の子供の栄養を、たとえば二十年、三十年の長期に分割してもって帰るみたいなもので、一時に食われるか、三十年の月賦で食われるか、それだけの違いで、本質的にはなんら変わるところはありません。(中略)じつはこれが生物学の真髄というものではないでしょうか。


 この前ページには、酒の産卵の記録映画について触れられている。
大海で死ぬほど食べまくった後、どれほど遠くても生まれ故郷の川をさかのぼる。この話はよく知られていますが、どうやらこの間は飲まず食わずらしい。しかも産卵の2、3時間後には、オスもメスも川を逆流する過程で岩に当たった顔の皮が突然剥(む)けてくる。


 その傷にばい菌が繁殖して広がり、その身体はぺろぺろになり、ほとんど白骨となり、それでもその川底に身を横たえながら、エラを動かしてしばらく生きていたという。そのあからさまな食と性の終わりは、なんとあっけらかんとしていて、なおかつ雄弁なことだろうか。(つづく)