北島敬三「1975−1991 コザ/東京/ニューヨーク/東欧/ソ連」(恵比寿・都写真美術館10月18日まで)

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 その痩せた身体は、たぶん身長150センチ前後。彼女の褐色の顔には不釣合いな大きい鼻と口が少し歪み、誰かに毒づいているようにも見える。その大半が白髪の、しかも逆立った髪の毛が、その印象をことさら際立たせている。年齢は60代後半だろうか。


 1980年代ニュ―ヨ―クの雑踏。そこにまぎれながらも、小柄な彼女のべっとりとした存在感が写真展会場で目に留まった。日差しが彼女の顔の右斜め上に当たっていて、先の比較的大きな鼻と口は陰に沈んでいる。


 特定の個人か、あるいは街や社会なのか。その対象はよくわからないが、何かへの敵意を感じさせずにはおかない彼女の風貌と好対照なのが、その胸元にある「I❤NY」のバッジ。モノクロ写真だから断言はできないが、おそらく白地に黒文字で、❤部分は赤か濃い目のピンク。


 その落差は何なのか。
 彼女はアメリカの地方都市から初めて大都会に出てきたツアー客? あるいは、長年のNY暮らしながら、そのスピ―ドとストレスに打ち負かされかけている平和主義者か。それとも、あの街で負けが込んだ実人生を笑い飛ばそうとする彼女の心意気が、そのバッジにこそ込められているのか?


 時間も空間もかけ離れた場所にいるぼくが、そんなことをあれこれ想像しているなんて、おそらく彼女は考えたこともないだろう。いや、もう彼女は同じ空の下にはいないかもしれない。


 それらが北島敬三さんの一枚のスナップショットが、ぼくに与えた「行間」。同時に、その時代のNYの空気として撃ち抜かれた弾痕にも見える。