なんともたよりなき健康観(山口にて)
動かない左足を引きずるように去っていく。
70代の彼女の背中を見ながら、ぼくは圧倒されていた。
「ええ、脳梗塞になって、ほんとによかったわ」
清澄な笑顔をうかべて彼女はそう言った。
彼女の弱さは、ある失望と開き直り、そして日常のこと細かな創意工夫をへて強さへと反転し、いのちのしたたかな奥行きを見せつけて、ぼくから言葉を奪いとっていた。
「ありふれた日常こそが楽しいのよ」
それが彼女の殺し文句。
昔、だまし船という折り紙があった。
船の形をした折り紙の帆先をもっているつもりが、さらにふた折りほどされると舳先(へさき)になってしまうやつ。そう、まさにあんな感じで、ぼくの健康観は一笑に付された。