2人のランナー(1)


 私も去年、ホノルルマラソンに出たんですよ。
 ふいに運転手さんがそう切り出した。先月、広島取材でたまたま乗ったタクシーでのこと。これには前段があって、私たちが東京からやってきたことを知ると、運転手さんは東京マラソンの話題を切り出した。そこで私が一度出場したことを伝えると、冒頭の一言になった。


 走り始めて、人生がまるっきり変わりました。
 とても張りのある声と、晴れ晴れとした口調で、横顔は50年配の彼がそうつづけた。なんでも走りだす前は身長160センチ前半なのに、体重は80キロ超。それが勤務明けに走り始めて、1年半ほどで15キロ近くの減量に成功したらしい。


 チャンスはどこにでも、誰にでも転がっている。
 ある人が「自ら意思を働かせることが大切なんです」と話していたことが思い返された。職場や社会の「常識」に自分を従属させすぎると、人は無意識のうちに、自分の意思を働かせることを怠り始める。本当は常識と意思の適度なバランスこそが大切なのに、だ。


 ぼくも「走る」という背骨ができてから生活が変わったから、運転手さんの話は素直に共感できる。何より、65歳までフルマラソンを走りたいという大目標ができた。


 目的地につくと、運転手さんはわざわざタクシーを降りて来られた。
 帽子をとられると、かなり白髪が目立つ髪は前髪が後退されていたが、顔の色つやは良く、少しサブフォーランナー(フルマラソンを3時間台で走れる人)の政治家、鈴木宗夫さんに似ていた。「お互い、これからもがんばりましょう」とエールを交換した。(つづく)