山田洋次監督『おとうと』〜意外性とテーマと引きずり込む握力


 映画が映画になる瞬間があるんだと、『おとうと』を観ながら思った。
 元旅芸人一座の役者で、現在はタコ焼き屋で働く弟(笑福亭鶴瓶)。お酒を飲むと我を忘れて暴れ出して、姉(吉永小百合)の一人娘(蒼井優)の結婚式をむちゃくちゃにしてしまう。おまけに、同居していた女性にも哀想をつかされ、姉は弟がその女性から借りていた多額の借金まで肩代わりさせられる。


 前半は、そんないかにもな感じで、<ろくでなしの弟>対<姉をふくめた家族>が描かれる。
 その弟がガンを発症して、大阪で民間のホスピスに入ったという知らせを聞き、姉が東京から大阪に向かう車中で、ざっとこんなナレーションが入る(うろ覚え・・・)。


「姉の亡き夫は生前、『きみたち兄妹は、どうも弟さんを踏みつけにしている印象がぼくにはあって、だからぼくはそんな弟さんに、ぼくたちの娘(蒼井優)の名づけ親になってもらって、ぼくは彼にいつも感謝していたいと思うんだ』と語っていた。吟子(姉の名前)はそんな亡き夫の言葉がいつまでも心にひっかかっていた」


 それまで遺影でしか登場しなかった亡き夫が明かす、意外な事実。語ることで立ち上がる彼の人物像。同時に、そんな男を愛し、再婚もせずに一人娘を育て上げた姉の人物像までが照らしだされる。そこで示される「厄介だけど、切ることができない家族の絆」という映画のテーマ。それらがからみあって、この何気ないつなぎの場面に凝縮されていて、物語の新たな展開を暗示してもいる。
 まるで焼き網の上のお餅みたいに、平面的だった映画が急に奥行きをもってプク〜ッとふくらみ出す瞬間だった。