矢川光則著『海をわたる被爆ピアノ』(講談社)

「あらかわさん、恥ずかしい話ですが、わたしは50歳すぎてからの、この5年間で、すごく成長したと思うとるんですよ」
 この言葉にぼくはグッときた。
 40代後半の若輩者相手に、恥ずかしい話ですが、という彼の前置きも率直で、カッコよかった。


 その矢川さんが成長するきっかけとなった、一台の傷ついたピアノの公演を、来年、米国ニューヨークで、草の根の支援を集めて実現したいと聞かされたとき、力になりたいと思った。
 このピアノの旋律に眼を閉じて聴き入る高齢者や、その伴奏で凛々しく歌う高校生たちを見て、経済右肩下がりの息苦しい空気の世の中に、このピアノをめぐる物語を投げ込める余地を見つけたような気もした。その是非はまだわからないけれど。


 原子爆弾というテーマが大きすぎて、最初は戸惑いも大きかった。
 だが、ひとつの家族の物語に絞ることで、より広がりを出せるのではないかと考え直した。それを50代の主人公のグローイングアップ・ストーリーで包んである。児童書であるため、自分の将来について考え始める中学、高校生読者たちとの接点を考えた上でのこと。


 漢字をできるだけ使わず、ひらがなで書く。
 それも、ぼくにとっては大きな挑戦であり、大きな学びになった。ただし、その是非は、読んでくれる人たちに委ねたい。
 広島市が現地の報道各社分だけ購入してくれて配布してくれたり、本の発売日に、地元の中国RCCテレビがニュースで取り上げてくれている(7月26日分のニュース欄で放送がご覧になれます)。ありがたい。

世の中への扉 海をわたる被爆ピアノ

世の中への扉 海をわたる被爆ピアノ