NHK教育「ミュージック・ポートレイト」〜思い出の歌を通して語る「自画像」

 姜尚中が「80年代、街のいたるところから聴こえてくるユーミンの歌が、当時の僕はとても嫌いでした。ところが先日、用事があって中央高速を車で走っていたら、ユーミンの『中央フリーウエイ』をふいに口ずさんでいる自分がいたんですよ」と、松任谷正隆に向かって率直に話すと、「彼女(松任谷由実)と深い喧嘩をするとね、われながらひどいなと思うんだけど、『オレの人生を返せ!』って何度か言ったことがあります」と、松任谷もまた、自らの葛藤を赤裸々に吐き出した。


 同世代の2人が思い出の歌10曲をあげ、その頃の自分の葛藤と、その歌とのつながりを語るNHK「ミュージック・ポートレイト」でのヒトコマ。
 東大教授である姜尚中の葛藤は、その自著やテレビなどで何度か耳にしたことはある。だが、松任谷正隆が、同じクリエイターとして、たえず脚光をあびる妻・由実に対する嫉妬と葛藤をかかえていたことは、この番組で初めて知った。


 小学校からの「慶応ボーイ」で甘いマスク、テレビやラジオで見せる軽妙なしゃべり。なにより、ひとつの時代を妻とともに創りあげた敏腕音楽プロデューサー。いわゆる「成功者」の枠組みで語られるだろう彼の、心深くに刺さった刺(とげ)は、もうひとつある。


 青年期に心の病にかかり、音楽の道に進むも周りと折り合えず、自殺願望をふくらませていた頃に荒井由実(当時)と出会い、結婚をして、そのプロデュースを手掛けることで、自分のやりたい音楽を実現していったという物語だ。
「だから、ぼくは彼女に救われたんです」
 自分を救ってくれた妻に、クリエイターとして嫉妬しつづけざるをえない彼の出口のない悩み。その絡み合ったヒモの塊(かたまり)めいた葛藤を解きほぐす糸口は、おそらく簡単には見つからない。


 ああ、こんなに成功した大人たちも、じつはこれほど悩みつづけてきたのか、そして今なお悩んでいるのか。その葛藤をこそエネルギーに換えて、仕事と生活をこなしてきたのか。
 その発見は番組を観た者に小さな驚きと、大きな安堵感をあたえてくれる。いや、もっと言えば、「おまえも目をそらさずにしっかりと葛藤しろ!」と背中をさえ押してくれる。もしかしたら、「他人の不幸は蜜の味」とは、そこまでを言いふくんだものじゃないのか、とさえ思えてくる。
 これは「番組たまご」という実験プログラムらしいので、ぜひレギュラー化してほしい。大小さまざまな不条理に沈みがちな世の中には必要な情報だから。