サンキューの人(2)

 実家でA6版大のノートブックを見つけた。ぺらぺらと無造作にめくっていて、2008年4月分の家計簿が始まる前の、妙に余白の目立つ左ページで手が止まった。24行の横罫ノートのほぼ中央左端に、たった3行がポツンとつづられていた。きれいで毅然としたペン字で。




 思慮深く
 動揺せず
 絶望することなく

 約19年前、心臓弁膜症で集中治療室に入り、人工弁の植え込み手術で命を取りとめた母の3行。心臓そのものが弱ってきた約5年前には、その動きを補助するペースメーカーを植込み手術した彼女の3行。そのとき東京から駆けつけた息子の、半袖ポロシャツからのぞく日焼けした太い二の腕を恨めしそうに見ながら、「あんただけ、ズルイわ」と漏らした彼女の3行。


 その19年間の大半を、ただただ自分のことだけを考えてきた息子を、言葉少なになじるかのような3行。「考えだすと不安になり、心が暴れはじめて、死にたくなるのよ」とも読める3行。誰にもよりかからず、ただ独り、くりかえし唱えつづけて67歳で逝った3行。