山内令南著『癌だましい』(文藝春秋)

 読み終えたとき、ロシアのマトリューシカという人形が思い浮かんだ。開けても開けてもより小さな同じ人形が出てくる、あれだ。


 小説は身も蓋(ふた)もない。祖母や両親を次々と癌で失ってきた、40代半ばの独身女性が食道癌を発症する。彼女の唯一の趣味は食べること。だが体重80キロ超の主人公は、末期癌だったため、どんなに食べ物を噛み砕いて飲み込もうとしても、ついに喉を通らずにぜんぶ嘔吐してしまう。


 それでも彼女は食べることを止めない。
 その心は一ミリたりとも怯(ひる)まず、ひたすら口に放り込んでは吐き出すという行為をくり返す。そのうえ、勤め先の介護施設では、「職場の癌」と陰口を叩かれていたりするのだが、「職場の癌が、ほんとに癌になるなんて」と自ら苦笑をこらえきれない。


 著者は、読み手が主人公に感情移入する隙を一切与えない。むしろ、それがこの物語の醍醐味で、読み手の手持ち無沙汰ささがマトリューシカの虚無感を彷彿とさせる。表題にふさわしいラストが待ち構えている。身も蓋もない細部を執拗に積み重ねつづけたからこそ、それは一瞬の輝きを放つ。