「常夜燈」から「ヒミズ」へ(2)

 感想はむずかしい。
 答え方ひとつで、相手に自分が見切られてしまう危険性があるからだ。先の安藤事務所から持ち込まれた千枚漬けを一口食べたとき、市販品みたいな味だったが、「安藤事務所」というブランドに負けたのと、こういう老舗はいくら顔見知りとはいえ、変なものは出さないだろうという先入観があったせいで、ぼくはその場しのぎで、こう口を滑らせてしまった。


「まあまあ、おいしいですね」
「こんなん普通やん」
 すぐさま、連れてきてくれたカメラマンさんからダメ出し。つづいてエビス顔の店主からも、
「それでおいしかったら、うちの千枚漬けはもっとおいしいわ」
 ふたたび、あのエビス顔で連続ダメ出し。なんと店主は自ら千枚漬けやぬか漬けを作って、お客さんに出しているらしいと初めて知る。・・・・・・ぼくは、店主と目を合わせるのを避けてうつむくしかなかった。エビス顔の店主に、レントゲン写真みたいに見られている自分を思うと、いたたまれなかった。


 名刺とパンフレットをもらって店を出ると、気落ちしたわたしを不憫に思ったのか、カメラマンさんが安藤事務所をちらっと見て行きませんか?と誘ってくれた。拒む理由はない。寄り道ついで、恥かきついでだ。


「新年のご挨拶はお断りします」
「名刺はここに入れてください」
 コンクリート打ちっぱなしのビル玄関に張られた一文に、救われた。なんの変哲のない文章で、読む人の心をゆさぶる、虚を突く、あらためて何かを考えさせる。それを前後の脈絡もなく可能にしてしまう端的さに、苦笑させられた。
 
 
 しかも、拒むようで拒んでいない行間が、二つの文章にはきちんと担保されている。空手技で言えば、当てるようで当てない、絶妙の寸止めのようなレトリック、いや、ここまで洗練されていれば、もはやエスプリの域だろう。
 阿呆なまでに単純なぼくは、さっきまでの落胆をあっさりと放り投げてなんかとてもうれしくなり、今少し寄り道をつづけることにした。(つづく)