山田詠美「ジェントルマン」(講談社

 その文章を目で追いながら、むしろ、その句読点が刻む旋律や音節をこそ、
自分の耳が追っていることに気づいた。ひとっ走りした後、飢えた野良犬みた
いに大量の水を飲み干しながら、じつは喉が鳴らすゴクンゴクンという音にこ
そ潤されていると感じるときみたいに。

 
共犯者、になるのか。夢生は、ただの物体のようになった先生に
視線を移した。確かに、自分も、ひどいやり方で女を貶めることに
加担している。でも、それ自体を楽しんでいる訳では、決して、ない。
ぼくが断れずに漱太郎を手伝っているのは......考えてはみるが解らない。
それにしても、この向日葵の淫靡な様と来たら、どうだ。口に押し込
まれるには大き過ぎて、半分以上はみ出している。花弁は唾液に濡れて、
まるで、黄色の花が、生まれ出て来る寸前のようだ。剣山にこの茎を挿
した時は、ずい分と風変わりな姿だな、と思ったけれど、人の口に生けた
方が、余程、斬新に見える。そう言えば、向日葵の花は、いつも太陽の方
を向いているんだったな。


高校の茶道部室で、女性教師を淡々と陵辱する美貌の男子生徒を、すぐ傍で
見つめる男子生徒という構図。傍観者の級友、夢生の語りで物語は展開する。
だが、そこには善悪も言葉ほどの淫靡さもない。
 まるで氷の彫刻のようなつるつるとした質感と、行間に鳴り響く音楽に耳を
澄ますリスナーとしての自分を発見して、ふいに口角が上がる。
 山田詠美はいったい、どこまで登りつめるつもりだろうか。


ジェントルマン

ジェントルマン