キュウリの棘(とげ)

 その実を伸ばしていくキュウリが、これほど無数の棘を伸ばすとは知らなかった。その真偽はわからないが、じゅうぶんに成長するまで外敵から狙われないための自衛策と書かれているブログもあった。だが、朝の水やり時にもいで、すぐボウルにはった水に入れておくと、その刺はたちまち引っ込んでしまう。

 グリーンカーテン2年目の今年は、キュウリとゴーヤを育てている。
毎朝もいで、薄い輪切りの赤唐辛子3、4個を入れた浅漬けの素に入れて、1時間で出して食卓に毎日並べる。そうイメージ通りには収穫できなかったが、もうひとつ意外だったのが、朝もぎキュウリの柔らかさ。これは瓜(うり)に近い。その棘の鋭さといい、その実の柔らかさといい、スーパーで買うものとはまるで別物。

「キュウリはたくさん棘のあるやつを買っておいで」
 昔、母からそう言われて近所のスーパーに買物に行っていた頃、その言葉だけをなぜか鮮明に覚えている、他にもいくつも買物のポイントはあったはずなのに。
 小学校5、6年生の頃だ。体調がすぐれなかった母の代わりに、学校から帰ると買物かごをさげて、母が紙に書いてくれたメモを片手にスーパーへ向かった。スーパーのレジの女性たちにはいつも褒められたし、母の財布も束の間預かれるし、ちょっとした大人気分だった。

 当時のぼくに、なぜ棘のあるキュウリがいいのかまでを知る術(すべ)はなかった。 しかし、その理由が今ならよくわかる。あの買い物から40年近い時間が流れ、その母も去年3月、東日本大震災が起こる4日前に他界。リビングダイニングのカウンターに置かれた写真立ての中の母を見ながら、やり場のない想いがぼくを時々ちくちくと刺す。